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【寄稿E】(4) 狂言『武悪』に見る人間関係の倫理  遠藤幸英
交流の広場 | 2021.12.02

©︎Y.Maezawa

狂言『武悪』に見る

人間関係の倫理

演劇研究家

遠藤幸英

©︎Y.Maezawa

五世茂山忠三郎 舞台歴三十五周年記念

忠三郎狂言会による演目「武悪」を 

2021年11月14日大槻能楽堂(大阪)にて 観劇した。

通常狂言一編の上演時間半時間程度なのだが、「武悪」は1時間と少しかかる。

今回の上演ではこの作品が強く印象に残ったので 観劇後の思いを綴ってみたい。


物語はこんな具合だ。

さる大名——狂言が主に描く時代・風俗は同時代すなわち室町時代であり、登場する大名の多くは奉公人を数名抱えた地主をさす——が抱える家来に目立って勤務態度の悪い輩がいる。

この男は自分の豪胆さを自慢するためか<武悪>と名乗っている。だが、勇武無双自慢は手痛い代償が伴う。

©︎Y.Maezawa


話が多少それるが、当時「武」も「悪」も共に勇猛果敢さを表していた。

ことに<悪>は武士の存在が注目を集めるようになる平安末から鎌倉時代において善悪の対比でいう悪ではなく、死をも恐れない剛勇ぶりを意味したのだ。

だから 例えば 武士藤原景清(平景清)は武人としての雄々しさを称賛して <悪七兵衛> という異名をとるほどであった。

中世にあっては <悪党>は 現代の意味とは大いに異なり、倫理的判断とは無関係に中央権力に反抗する強固な武装集団をさした。


本題に戻ろう。

従者の務めを果たさない武悪の身勝手さは大名にとって腹に据えかねるものである。しかし実のところ武悪は怠け心で無断欠勤しているわけではなく、重度の体調不良続きだった。武悪という名にそぐわず意外と気弱で、病気であることを認めると外聞が悪い、プライドが傷つくなどと悩んでいるありさまなのだ。

一方、大名は主従の関係をわきまえない武悪の態度に堪忍袋の緒が切れる。もう一人の家来太郎冠者を呼びだし自分の刀を貸し与えた上で武悪に対する上意討ちを命じる。

これには太郎冠者も大弱り。主人から見れば武悪は悪者だが、太郎冠者は窮地に陥った同輩に同情する。かといって命令に背けば今度は自分の命が危ない。そこでやむなく殺害する意思を固めて武悪の宿(自宅)へと向かう。われらの主人は魚が好きだから、それを土産にすれば欠勤の咎も許してもらえるはずだと言いくるめて武悪を近所の川に誘い出す。太郎冠者は武悪が鮒とりに夢中になっている隙を狙って斬りかかろうとする。だまし討ちである。しかし太郎冠者にはためらう心があるためになかなか目的を果たせない。太郎冠者の焦りなど露知らず自分の非を自覚している武悪はついに覚悟して死を受入れる意思表示をする。けれども結局太郎冠者は情にほだされて武悪を斬らずに逃して主人には命令どおり成敗したと報告する。

一件落着で機嫌のいい大名はちょうど行楽日和だからと太郎冠者をお供に東山へ出かける。東山といえば名刹清水寺があり、物見遊山のメッカの一つであった。

ところが である。

東山で大名と武悪が想定外の鉢合わせ。武悪は太郎冠者の勧めどおり遠国へ逃亡するつもりだが、その前に日頃から信心する清水観音(清水寺の御本尊)に命拾いができたお礼をしようと出かけて来たのである。大名は太郎冠者が討たずに逃したのだろうと怒り出す。慌てた太郎冠者は武悪の幽霊が現れたのだと言い繕う。幽霊のお礼参りを恐れた大名は大パニック。そばで聞いている武悪は幽霊のふりをして脅かす。大名に向かってお前の亡き親様に頼まれたのでお前をあの世へ連れて行くなどと喚き立てるのだ。怯えきった大名は逃げ出すが、悪ノリしている武悪は後を追っていく。太郎冠者も加わり全員が退場。

以上、若干私自身の読み込みを交えて 話の展開を述べさせてもらった。

©︎Y.Maezawa


さて、『武悪』は 以前に茂山家現当主14世茂山千五郎主演で見た記憶がある。だが今回は その時の印象とは大いに違うことに我ながら驚く。


大抵の場合 狂言は 国家規模であれ、家庭内のことであれ、 大らかな笑いの衣にくるんで権力者を批判する。

家来である太郎冠者は 時に同僚の次郎冠者と組んで臨機応変の知恵を振り絞りながら 権力を振り回す主人をコケにする。こうして力関係の逆転が 二人の弱者と彼らに共感する観客の笑いを誘い出す。


こういう機知を最大限に生かす弱者による反抗が 

暴力というハードな武器によらない

<笑い>というソフトな武器の有効性を証拠立てる点は 

重要ではある。


しかし この作品からは もう一つ別のメッセージ も聞こえはしないだろうか。

シリアスなメッセージがあるような気がする。一般的に言って喜劇や笑劇にシリアスな側面があっても 不思議ではない。

©︎Y.Maezawa


そもそも 大名が家来の不忠義に怒るのは 当然である。

これは何も 封建時代の人間関係だから妥当だ という意味ではない。自由で平等な個人が互いに契約を結ぶ と規定する西洋近代の社会契約説 とは大いに食い違うが、主従関係も一種の社会的契約 と言える。契約を交わした以上、家来・従者が主人に対する責務を放棄すれば 非難されても仕方がない。

武悪は 欠勤の事情を主人に直に説明してこなかった という点では 自分に非があることは意識している。というのも 上意討ちに対して 何度も抵抗しはするが、やがて討たれる覚悟を決めるのは 罪を認めたため である。

この<罪意識>は、武悪にとって 守り神である清水観音に由来する と考えられる。

ズル休みをして当初開き直るような武悪ではあるが、信心篤い点は この男の救いである。

©︎Y.Maezawa


他方、横暴、傲慢の権化のように見える大名にも救いがある。

生身の武悪を幽霊と思い込んでしまうプチ権力者だが、現世を超越した世界から訪れた<幽霊>をひどく恐れる、言いかえると異界の権威を畏れるという点ではある種の信心深さが認められるだろう。

また絶対者(カミ)の前にひれ伏す謙虚さがあるように思われる。

幽霊に対する真剣な恐れは武悪を過剰に処罰した(と信じている)ことへの罪意識の反映なのではないだろうか。


このように考えると狂言イコール権力・権威に対する批判を満載する笑いというだけではすまない。

その時代その時代の社会的制約があるとはいえ、

社会的動物としての人間にとって普遍的な価値観

すなわち

倫理観も垣間見ることができる

と思われる。

©︎Y.Maezawa


余談だが、

室町時代の清水寺を中心とする東山一帯は すぐ西隣に 風葬(遺体を木に吊るしたりしたので鳥葬でもあったらしい)の地 「鳥辺野」が位置する。

ここは近世末頃まで「蓮台野」(れんだいの)と「化野」(あだしの)と並んで京の三大葬地として知られていた。

平安時代のはじめ京都に都が置かれると人口密度が高まり疫病の蔓延に繋がる。

医療が未熟だった当時、大量に発生する遺体の処理が大問題となる。都の中心部を避けて洛外が最適地と判断され「三大葬地」が考案される。土葬や仮装ではなく基本的に遺体は野ざらしにされた。

(当時の葬儀風俗・慣習は勝田至著『日本の中世の墓と葬送』吉川弘文館、2006年が詳しい。)

こういう時代背景を考慮すると 幽霊 という存在は 現代の怪談などでイメージされる幽霊とは別物であるにせよ、かなり不気味なものだっただろう。『武悪』の大名が恐れるのもうなずける。

しかし、それにしても 生きている武悪を 偽の幽霊に仕立て上げる 太郎冠者に代表される庶民の根性はたくましい。

©︎Y.Maezawa

 

ちなみに 現代の狂言は 鎌倉時代に創設された大蔵流 と 江戸時代初期に始まる和泉流二流派 である。

一般的理解では、京都に本拠を置く「茂山千五郎家」が大蔵流を代表し、それに対して野村萬斎で知られる「和泉流野村派」が東京などで活躍する。

今回の公演の主役茂山忠三郎が率いる「茂山忠三郎家」(京都)は 茂山家と兄弟関係にある。

(編集:前澤 祐貴子)


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