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【寄稿 B】 ❽ 『自然の摂理』 西遠女子学園 学園長 岡本肇
交流の広場 | 2021.11.18

「自然の摂理」

西遠女子学園 学園長

岡本 肇

昔もらった手紙を読み返してみると 

封筒、便箋、宛名の書き方にも個性があって、

文面の文字や言葉からも人柄が浮かんでくる。

長い間、音信の途絶えていた人生の大先輩からの賀状に 次のような言葉があった。

「時 あたかも2000年。私にとって満90歳の大きな節目になります。

そこで誠に気ままですが、今年は久しぶりに賀状をしたため、記念すべき新年を祝福し、併せて年来の失礼のお詫びにと、その後の近況、心境を報告させていただきたいと思います。

さなきだに 立居苦しき 老の波』(能・実盛)の通りで、ここ3年間に5回も入退院を繰り返しましたが、昨年の秋頃から 少しずつ体力も回復し、遠のいていた読書や謡をどうやら楽しむことができるようになりました。

世の中 嫌なことばかりですが、生きている以上 死ぬわけにはいかず、今さら何の抱負もなく、ただ自然の摂理に任せて生き、消えていこう というのが目下の心境です。

”自然の摂理”…これは何と素晴らしい真理でしょう。

この不信の世の中で、神や仏に代わるべき原理として 私はこれを信じ、守っていきたいと思っています。

皆様のご多幸をお祈りします。」

横浜市の図書館長もしていた教養人で

引退後は 能や謡に親しんで 隠棲の生活をしていた。

しかし 晩年になって 令息が夭折され、

悲しさを癒すため 四国八十八ヶ所遍路に出ている。

「生きている以上、死ぬわけにもいかず」

「神や仏に代わるべき原理として 私はこれを信じ、守っていきたいと思っています」

と書いた

自然の摂理」とは何だろうか。

この賀状を出した年の秋に 庭を掃いていて 亡くなった。

モンテーニュは16世紀にフランスで『エセー』を書いたが、その中に「自然に生きる」について たくさん書いている。

「自然体で生きよう。

そうすれば 自ずと”楽しみ”が見出されるし、”幸福”を味わえる。

やたらに禁欲的になり、抑えつけるには及ばない。

自然に従って 自然のままに 求めてゆけばよい」

と言い、

一方で ”自然のまま”は 野放図に無際限 ということではなく、”節制”が必要であり、

「”節制”は特に老人の最も大切な徳である」

と言う。

「魂の偉大さは、自分を抑えることを知ること である。

人間として 立派にふさわしく生きることほど美しく正しいことはないし、

この人生をよく自然に生きることほど難しい学問はない。」

と説く。

モンテーニュは 学問とか哲学者とかの説教とかにかかわずらうのをやめて 

「最も単純に 自然に身を任せることは 最も賢明な方法である」

と言い切る。

当時 ペストが蔓延して 彼が市長だったボルドー市だけでも 人口の1/3が命を奪われた。

任期が終わって 帰郷した田舎でもペストは猛威をふるったが、教育のない農民達が従容として運命を受け入れている姿に驚嘆している。

「自然を尊重し、

自然の理に従い、

自然の理を受容することは、

特に老年において大切だ」

と 晩年のモンテーニュは考えるようになった。

吉田兼好は モンテーニュより約200年前に 同じように随筆を書いている。

その『徒然草』の中で

「人、死を憎まば、生を愛すべし。

存命の喜び、日々を楽しまざらんや。

生ける間、生を楽しまずして、死に臨みて 死を恐れば、

この理 あるべからず。」

兼好の時代も疫病、飢餓、飢饉、争いで 「死」がいつも身近にあった。

「存命」すなわち、いずれ死は免れないけれども「今、確実に生きている間 生を楽しんでいない人が 死を恐れるのは 筋の通らないことだ。

仏教では 現世は「仮の世」にすぎないとするが、そうなると 人の一生は「死」への準備の道のりで、最終ゴールの「死に際」が肝心ということになる。

兼好が 現世否定に対して 一線を画した言葉が「死を憎まば、生を愛すべし。存命の喜び、日々楽しまざらんや」だった。

誰も見たことのない極楽を願って この世の苦しみに耐え、見事な往生を果たす人生が 不自然に思えたのだろうか?

アメリカの哲学者 レオ・バスカーリアの書いた『葉っぱのフレディ』は、春に大きな木の梢に生まれた葉っぱの一枚のフレディが 他の仲間と夏を過ごし、秋を迎えて それぞれに美しく紅葉し、冬が来て散ってゆくだけの話である。

寒い北風に

「さむいよう」

「こわいよう」

と怯えながら散ってゆく仲間を見て、

フレディは物知りのダニエルに

死ぬ」というのはどういうことか 尋ねる。

ダニエルは

「死ぬというのは 変わることの一つだ」

と答える。

ボクは生まれてよかったのだろうか?

と尋ねると

 「僕らは春から冬までの間、本当によく働いたし、遊んだね。

それはどんなに幸せだったことだろう」

と答えて ダニエルも静かに離れてゆく。

一人になったフレディは 

雪の日の朝 

痛みも恐れもなく 

風に乗って 枝を離れる。

そして 落ちる途中で フレディは 

初めて 自分が生まれ育った木の丸ごとの姿

を見る。

最後に 作者は 

「大自然の設計図は寸分の狂いもなく 

”いのち”を変化させ続けるのみ です」

と結んでいる。

子供向きに書かれているように見えるこの絵品は 

「死」、「いのち」、「自然の摂理」について書かれた哲学書にも見える。


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