交流の広場

老成学研究所 > 交流の広場 > 【寄稿B】教育者 岡本肇シリーズ > 【寄稿B】 ❼ 『「徒然草」の老いと死』 西遠女子学園 学園長 岡本肇

【寄稿B】 ❼ 『「徒然草」の老いと死』 西遠女子学園 学園長 岡本肇
交流の広場 | 2021.09.15

【寄稿B】

「徒然草」の老いと死

西遠女子学園 学園長

岡本 肇

七月の終わり、立て続けに知人の訃報が入ってきた。驚いたのはN氏は私より20才若い60歳、S氏は10才若い70歳だったことだ。N氏は家も近く、2ヶ月前にある役を頼んで快諾をもらったばかりだった。S氏には暫く会っていないが、街中で時々見かけて元気そうだった。ところがお通夜や告別式に伺いながら 「人間の命はわからないものだ」と感じ入っていた自分が数日後にペースメーカーの手術を受けることになってしまった。

この数ヶ月、歩いていると突然 意識が遠くなるように感じたり、立ちくらみがするので 念の為 かかりつけの病院で診察してもらったところ、「すぐ総合病院の循環器科に行くように」と言われた。苦しいわけでもないので、床屋にでも行くくらいのつもりで行ったら、「すぐ入院して ペースメーカーをつける手術をする」と言われた。「脈拍が40以下まで下がって 危ないところだった」と脅された。

入院中思い出したのは「徒然草」の「死は、前よりしも来らず。かねて後に迫れり」という言葉である。

N氏やS氏の早すぎる死を悼んでいたその時に 自分の背後に死が近づいていたかもしれない。「一寸先は闇」、「知らぬが仏」である。

「徒然草」の第155段には 

生・老・病・死の移り来る事 また、これに過ぎたり。

(中略)

死期(しご)は序(ついで)を待たず。

死は、前よりしも来らず。かねて後(うしろ)に迫れり。

人皆死ある事を知りて、待つことしかも急ならざるに、覚えず(おぼえず)して来る。

沖の干潟遥かなれども、磯より潮の満つるが如し。

とある。

人間、生・老・病・死がやってくるのは季節の入れ替わりより早い。(中略)死期は順序通りにやってこない、死は自分が予測している前からよりも突然後ろに迫ってくる。誰もいずれ死ぬのは分かっているのに、今日明日とは思わないから死は不意にやってくる。沖まで続く干潟を遥か後方に眺めているうちに、足元の磯から潮が満ちてくるようなものである。

まさに言い得て妙である。ちなみにこの一年の日記を読み返してみても、自分の死など露ほどにも考えていなかった。

一方で この十年来、乳癌が骨に転移して治療してきた妻が 今年になって 肝臓にも転移して、これ以上治療の方法がないことを告げられた。ほとんどそのことばかり考えていたので 自分の体調や病気のことなど考えていなかった。事実 四ヶ月前の職場の集団検診で問題はなかったのである。

それが自分の足元にいつの間にか潮が満ちてきて、膝まで浸かっていても気がつかなかったのである。

吉田兼好は「徒然草」の中で死について繰り返し語っている。

「我等が生死(しやうじ)の到来、ただ今にもやあらん。

それを忘れて、物見て日を暮す、

愚かなる事はなほまさりたるものを」

(第41段)

京都の上賀茂神社の競べ馬を見ようと木に登って待っている僧が、居眠りして落ちそううになっているのを見た人たちが、「なんと愚かなことか」と言っているのを聞いて、兼好は「そういう自分たちも 死の到来は今すぐかもしれないのに物見して過ごしている。木の上の僧より愚かかもしれない。」と言った。

道人は、遠く日月(じつげつ)を惜しむべからず。

ただ今の一念、空しく(むなしく)過ぐる事を惜しむべし。

(第108段)

長寿の時代になって、新聞の死亡欄を見ると 80歳、90歳の方が多くて 中には100歳を越えている方もいる。そうすると自分の順番は5年先、10年先と思ってしまう。

まだ先があるから「そのうち、そのうち」と先延ばしをして、今日という一日が何となく終わってしまう。兼好はそんな先のことを心配するより、今日一日が過ぎ去ってしまうことを心配したらどうか と言っている。

身を養ひて、何事をか待つ。

期(ご)する処(ところ)、たゞ、老(おい)と死とにあり。

その来る事速やか(すみやか)にして、念々の間に止まらず(とどまらず)。

(第74段)

人々はアリのように朝から晩までせわしく動き回り、あくせく働いて 人生に何を望んでいるのか。待ち受けるのは、老いと死だけである。老いや死は あっという間に来て 逆戻り出来ない。

兼好に「待ち受けるのは、ただ老いと死だけ」と言われると、もう十分に馬齢を重ね、妻と共に病気になった身にとっては 受け入れざるを得ない。

戦中、戦後の貧しく物資の乏しい時代に育った私たちは、物をため込む習性が身についているらしい。値打ちもなく役に立たないガラクタが押し入れにもタンスにも詰まっている。こんなものを一生かかって あくせくとアリのように家に運び込んでいたか と思うと情けない。

「我が人生に悔いあり」である。

* 作品に対するご意見・ご感想など是非下記コメント欄ににお寄せくださいませ。

尚、当サイトはプライバシーポリシーに則り運営されており、抵触する案件につきましては適切な対応を取らせていただきます。

 
一覧へ戻る
© 老成学. All Rights Reserved.
© 老成学. All Rights Reserved.

TOP