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【寄稿A】〈12〉第6部 その2 老健入所者70歳代男性の孤独と老いの心理 白梅ホーム 本郷輝明
交流の広場 | 2021.09.13


第6部

老健入所者70歳代男性

孤独と老いの心理

その2 Tさんの場合

白梅ホーム

本郷輝明

通常我々は70歳代になっても自分が老いていることを自覚することは少ないのではないか。

物忘れが多くなった時に少し歳をとったかなと考える程度で、「老い」という人生の最終段階を迎えているとは考えない。歩くのが遅くなった、寝るのが早くなった、運動すると筋肉痛が出やすくなった、視力が落ちた、聞こえづらくなったなどで歳をとったことは自覚するが、そのことから「老い」すなわち老年期を自覚して、これからの10年、20年を自分の能力や趣味を使ってどう過ごすかを考えることは難しい。

が、逆に老年期のことを自覚すれば「楽しく暮らす老年期」を意図的に設計できるのではないか、と考えて老健入所者に「老いの自覚」についてお話を聞いた。


Tさんは76歳男性で脳梗塞+脳出血+痙攣+誤嚥性肺炎の既往歴がある。

先日尿道留置カテーテルの詰まりが生じ、交換した際「本郷先生ですね」と言われ、担当医でない私のことをご存知で、何か話をしたい印象を受けたのでお話を伺いに行った。

Tさんは左半身麻痺があり普段からベッドに横になっていることが多い。私はベッド脇に簡易椅子を持って行って座り聞いた。Tさんの発音はしっかりしていて言葉も明瞭である。

例によって「今までで一番楽しかったことは何ですか?」と聞いた

「夜間大学に通って、仲間数人と夜間懸命に勉強したことです。

工学が好きだったので、工学好きの仲間と一緒に勉強できたのが楽しかった。二十歳前後の頃です」との答えだった。

「Tさんの今までの人生はどうでしたか?」と単刀直入にお聞きすると、「人並みだと思う」との返事だった。


「趣味は何ですか?」との問いに、

「釣りです。海釣りのようなお金のかかる釣りではなく、丘釣りで、浜名湖周辺の丘(岸)までスーパーカブに乗って行ってそこで釣り糸を垂らし、はぜやカレイを釣った。

釣りは魚が引っかかる瞬間が楽しいのですよ」と話してくれた。


「本郷先生の出身はどこですか?」と逆に聞いてきたので、

「北海道です。北海道で生まれ、主に札幌で育ちました。北海道生まれを道産子(どさんこ)と言います」と答えると、

「北海道ですか!」と感慨深げな顔をした。

そして「もしかしたら北大出身ですか?」と聞いてきたので、そうですと答えると、「すごいですね」と一言感想を述べられた。


「Tさんの仕事はどうでしたか?楽しかったですか?」とお聞きしたところ、「静岡県の家屋倒壊0(ゼロ)のための設計を行い、それを湖西や、浜松、袋井の県西部地区の家に広げたのが良かった。

東海地震による家の倒壊を防ぐために、筋かいの設置や壁の補強、柱のL字金具設置やボルト固定など、それぞれの家に応じた耐震構造設計をした」とのことだった。

「阪神大地震の経験から筋かいだけでは梃子の原理で土台から倒れることがあることがわかったのです。いろいろな補強を組み合わせて家屋の倒壊を防ぐ必要があります」など、専門的な内容を詳しく話してくれた。

Tさんは一級建築士の資格も持っているとのこと。

「いい仕事をしてきたではないですか!」と言うと、嬉しそうに笑顔を作った。


Tさんは神戸で生まれたが、すぐ終戦になり、赤ん坊の時母の実家の浜松に引っ越してきた。

Tさんは7人兄弟の5番目の四男で上に姉、下に妹が二人いる。

浜松に引っ越ししてきた時は食べものに苦労したと兄や母から聞かされた。

父は神戸では軍事工場や繊維工場の工場機械の修理の仕事をしていて、ずっと内地勤務で戦地には行っていない。

戦後は、**自動車に勤めた。その影響でTさんも機械いじりや組み立てが好きだとのこと。

父は72歳の時に脳梗塞で死亡。同じ年に母も悪性リンパ腫で亡くなったとのこと。


「70歳代になり歳をとってきたと感じることはありますか?」と聞くと、「動きが遅くなり、動作も思い通りにならなくなり、そんな時は、歳をとったと感じるね」とのこと。

「平均余命によるとあと15年は生きることになっていますが、どうやってこれから楽しく生きていくか、考えたことがありますか?」と質問すると、

「これからどう楽しく生きるか、考えていかなくちゃな。うーん、少しでも機械の組み立てがしたいね。機械をいじっていれば夢中になれると思うがなあ」とのことだった。

Tさんは機械いじりがお好きで、これからも制作された機械が注文通りにできているかの測定はできるのではないかと考えているとのことだった。

しかし調子が良い時は、あれもしたい、これもしたいと考えるが、調子が悪いと年金で食べていけるだけでいいやと考えるとのことだった。


病気のことを尋ねると、「定年後の69歳の時に脳出血を起こした。この時のことはよく覚えていて、頭の中にジャーという音がした。翌朝起きて歩き出したら氷の上を歩いているような感じがして歩けなくなり、これは変だと感じたら家族が救急車を呼んでくれ入院した」と脳出血を起こした時のことはよく覚えていた。

ただし、記録では69歳ではなく64歳の時に脳出血、そしてその後すぐ脳梗塞に罹った。その時左半身麻痺が生じ、さらに数年後痙攣を起こし、家での生活が出来なくなりグループホームに入居した。そして昨年誤嚥性肺炎で入院し、その後白梅ケアホームに移ってきた。

白梅ケアホームに入居してからすでに8ヶ月経つ。ベッドから車椅子に移動する時は左下肢の拘縮が進み介護の手が必要である。私とは会話ができるが、フロアで同じ入居者と会話をしているところを見たことはない。


「同じ入所者と話はしないのですか?」とお聞きすると、「子供の頃からおとなしく、さらに病気になってからは自分から会話をする元気が出なくなった」とのことだった。

コロナ禍で人と会えなくなったことについては、「寂しいが仕方がない。面倒な社会になったね」との返事が返ってきた。

「早く元気になって、家に帰りたいね。

他県に住んでいる長女の息子(孫)が小学2年生になっているが、ここ3,4年は会っていない。

孫はかわいいね!」

と嬉しそうな声でおっしゃっていた。


生理的・身体的な老いがくる前に、特に退職など社会との距離が離れる時をきっかけに「老年期」の過ごし方を考えておかないと、Tさんのように突然に脳梗塞に罹患したとき、「病気の後遺症」と「老い」が同時にやってきて、その後の10年、20年の過ごし方を見つけ出すのがとても億劫になるようだ。

さらに、生理的・身体的な老いが来ても「心理的な老いとしての自覚」は難しい。しかし、そのことを逆手に取り、積極的に早めに老いを自覚すれば、次の本格的な老いの20年間を楽しく過ごせるのではないかと考えた。

早めに老いの時間の人生設計を済ませ、

楽しい時間の20年間を過ごすことの知恵が

70歳代にあるのではないかと考えた。

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