交流の広場

老成学研究所 > 交流の広場 > 【寄稿D】 > 【寄稿D】❶ 高齢期を生きるということ 浜松医科大学名誉教授 筒井 祥博  

【寄稿D】❶ 高齢期を生きるということ 浜松医科大学名誉教授 筒井 祥博  
交流の広場 | 2021.03.30

高齢期を生きるということ

老化・脳神経科学の最近の知見

ポジティブな老い方

浜松医科大学名誉教授(病理学) 

筒井 祥博

私はもともと発育期の脳異常形成に関して研究してきたが、脳の老化にも興味をもって常葉大学では「老年学」の講義をし、老化の生物学で新たに分かったことなどを、総説やエッセイとして紀要に書いてきた。

この度、そのようなことと少し異なった観点から高齢化について、感じていることを書かせて頂きたい。


日本人の寿命は世界一長くその平均寿命は男81歳余、女87歳余でこの数十年で急速に伸びた。

1990年代では100歳を越える人は全国で数千人ほどであったが今は8万人を越えている。

しかし、人口全体からみれば0.1%以下である。

人間の寿命はどのように決まっているのだろうか。

生物学的にはヒトの増殖する細胞は老化することによって細胞分裂する能力が低下していくと考えられている。また、細胞の日内リズムを調節する生物時計が加齢とともに変調していく可能性があり、この変調が神経変性と関連すると考えられる。人間は生殖期間が40歳ほどであるが、その生殖期間を過ぎても生き続け、この後生殖期間が他の動物より長く生殖期間の2倍に達し、他の霊長類であるチンパンジーヤゴリラより圧倒的に長い。それでも100歳以上生きられないのは、臓器を再生する幹細胞が増殖力を失い、神経細胞が変性し、老化細胞と言われる障害細胞が蓄積していくためだと考えられている。

人間の歴史を見ると死後も永久に生きたいという強い要求がみられる。古代エジプトのピラミッドのミイラや、中国の秦の始皇帝の兵馬俑坑の墓などは代表的な例である。現代でも世界の金持ちはシリコンバレーの会社に委託して、死んでも生き返ることのできる方法の開発に大金を投じているという。


老化の最前線で研究をしているハーバード大学のDr. Sinchlair教授の本『ライフスパン 老いなき世界』(東洋経済新報社、2020)によれば、老化を調節することによって人間の寿命を120歳かそれ以上に延ばすことが出来る可能性があるという。

下等生物である酵母やショウジョウバエなどでは、人為的操作で寿命50%を延ばすことが出来た。彼らによれば直接老化を起こす遺伝子はなく、老化に関連する遺伝子やDNA損傷を修復する遺伝子発現のエピジェネティックな調節を人為的に操作することによって、寿命を延ばせると考え、本気で人間に応用しようと考えている。

寿命を延ばすことができれば人生観や価値観が根本的に変わる可能性がある。


一方で、イリノイ大学教授のDr. Olshanskyらは、人間の体の部分は脳を含めて長くは持続できないようにできている、アルツハイマー型認知症などの神経変性疾患、変形性関節症、老化に伴う筋量の低下、骨粗鬆症などをみれば明らかであると言う。

彼らによると人間の寿命の平均的上限は85歳である。健康寿命を如何にして延ばすかが今後の重要な課題であると考えている。従って、人間の永久に生きたいという願望と、限られた寿命のなかで、よりよく生きることを追求する2つの立場がある。もし人間が永久に生きられるとしたら、文明がなくなり、生きる意味がなくなるかも知れない。

人生ははかなさの側面があるのがよいという考えが一般的である。


この70年余りの間に医学が急速に進歩して、乳児死亡は減少し、早期癌の発見と治療、血管障害の診断と治療、遺伝子の解析方法などが進歩し、また多くの遺伝子疾患にも対応できるようになってきた。

抗生物質の発見によって結核を始めとする感染症が激減した。

新型コロナで世界が一変しているが、700年ほど前のペストや100年前のスペイン風邪のような状態ではない。感染患者の検出と隔離、ワクチンの開発と世界的規模での投与などによって、長い目で見ればインフルエンザのような人類と共存しうる感染症に変わっていくのだろう。1980年代にエイズが出現した時も世界的な脅威であったが、40年過ぎて抑制する対策が進展してきた。

これらは人類の英知による医学の進歩の恩恵だ。その結果、私たちは寿命が急速に伸びている時代に生きている。

今はいつだろうかと時々思うことがある。

私の世代は非常に幸運な時に生きて来て、気がつけば人口構成の最高齢に近いところまで来てしまった。私の生きて来た時代は太平洋戦争が終わりこの70年間は戦争に駆り出されることもなく、紛争に巻き込まれることもなかった。

先日フラワーパークで一面に咲いた梅の木々を見た。背景に明るく青い空が広がっていた。まだ肌寒い風に清々しさを感じた。

こんな爽やかな季節を感じられるのは太陽系では地球だけであり、40億年の地球の歴史の中で今が一番よい時であると思う。

50年前に月探査機が月の地平の上に浮かぶ青い地球の姿を見て感動した。火星にも何千万年か何億年前に今の地球のような青く見える時があったかも知れない。夜空に無数に散らばる恒星には地球と同じ様な惑星があるだろう。

今ここに地球の歴史の中で最もよい時に生きていられる偶然に感謝したい。


進化的な観点からみると、30億年以上前に地球に生命が出現し、恐竜時代が絶滅して哺乳類が進化してきた。木下清一郎『心の起源』(中公新書、2002年)によると、哺乳類の中から心を持つ人類が生まれてきた。脳が発達した人間に言語が生まれ、文字が生まれ、文明が発達してきた。

その結果、人間は平和・幸福あるいは未来・死など抽象的概念を考えられるようになった。この様な精神あるいは心の世界に生きられるのも偶然である。

地球上にいる無数の生物のなかで、人間として生きていられることをうれしく思う。


もうひとつ偶然で分からないことは、世界は私の脳を通じて認識しているということである。

私がいなくなれば、私にとっては世界がないという構図になっていて、このことは私以外の誰にとっても同じである。

十年以上前、茂木健一郎『脳と仮想』(新潮文庫、2007年)を読んで感激した。特に「物質である脳に意識が宿る。この不思議な事実の中に人間の喜びと哀しみの全ての源泉がある」という記述が好きであった。

私の脳に意識が宿る、その意識を通じて私の周りを認識している。世界を全て認識しているわけではない、ほんの一部を認識しているだけであるが、私がいなくても世界は私と無関係に存続して行く。

以上は、本題と直接関係ないことかも知れないが、

生きて行く上で統計学的な平均値に現れない、

なぜ私なのか

という疑問である。

もうひとつの根本的な疑問は、人間は自分の意志で生まれてきたわけではないのに、なぜ皆年をとり死んでゆくという運命をたどらなければならないのか。

昔から人生は生老病死と言われているが、生きて行くには苦悩と悲哀、喪失と孤独を経験しなければならないし、せまりくる死を意識して生きなければならない。私たちの人生には先が予測できないという側面があることから逃れることができない。

これは自然災害であったり、重症な病気の発覚であったり、事故であったりする。自分だけでなく大切な人の病気や死であったりする。個人的にいくら注意しても免れることのできない不幸にみまわれる可能性を秘めて生きて行かなければならない。

私たち誰でもがそのような脆弱性の上に生きている。



しかし、人生はネガティブな側面のみではないと思う。

老化してゆくことによって脳はどうなるのだろうか。

脳の特徴は神経細胞の突起である軸索と樹状突起によるネットワークからなっており、ネットワークはシナプスと称するつなぎ目によって介在されている。脳が発達していくことは、神経ネットワークが増えて複雑化していくことであり、シナプスが増えてゆくことである。

知識や経験は神経細胞の中に蓄積されていくのではなく、神経ネットワークがシナプスと共に増えて行くことである。


加齢によってただ自動的に増えるのでなく、それぞれの固有の生き方に従って無数の独自的パターンとしてネットワークとシナプスが形成されていく。

新たな神経回路が形成されていくことは、神経細胞と神経細胞をつなぐシナプスの柔軟性(可塑性)が重要である。

ジョゼフ・ルドゥー『シナプスが人格をつくる』(みすず書房、2004年)の中で,私が私である由縁は独自のシナプスの総体が自己形成しているからであるという。

それぞれの人生を生きて高齢化していくことは固有なシナプスが蓄積され修正されていくことである。


成熟した脳では神経細胞は増加しないと考えられていた。

しかし、

近年成熟した脳においても脳の特定の部位で新たに神経細胞の新生が持続していることが明らかになってきた。

この新生ニューロンの形成は生涯にわたって続くと考えられている。

このニューロンの新生と、神経ネットワークおよびシナプスの加齢による増加と関係があるかどうか分かっていない。

老化していくとシナプスはどうなって行くか、いったん形成されたシナプスが開離していくとは考えられない。高齢化に伴って徐々に神経細胞の一部が変性・消失していくことによって、シナプスが減少し、認知機能が低下していくと考えられる。

しかし、

老化が高度に進むまでは、人格を形成する神経ネットワークは高まっていくと考えられる。

認知機能が病的に低下した認知症についてはここでは触れない。


神経細胞およびその一部である神経ネットワークは絶えず代謝され新しい物質に置き換わっている。神経細胞が代謝し、ネットワークやシナプスが新たに追加され修正されていっても、私という自己は一貫しているのは何故か 分かっていない。

このように変化している脳が一貫して私を維持していることが不思議である、と多くの人が感じている。


神経変性疾患などによって神経細胞の変性・消失により萎縮した脳にならない限り、神経ネットワークの成熟とシナプスが蓄積して高齢者の脳は特有の成長を遂げて行く。

このことが、人生がネガティブな側面だけでなく、老化していくことのポジティブな側面の基盤になっている。

「日常生活で生じる問題を解決していく能力、大局的に理解する能力、物事の本質を見極め、他の問題に応用する能力」は高齢者になっても保たれおり、むしろ高まっているとされている。歳をとったら、速さ、敏捷さを要求される活動は、若い人にかなわない。しかし、高齢者には、思慮、理性、見識を生かす仕事においては若者よりまさっていると考えられている。



私たちは一度だけの‘かけがえのない’人生を生きているのであるが、先に述べた生老病死の側面だけでなく、生きて行くことにもっとポジティブな側面を見出したい。

一般に動物や魚などは目覚めている間は餌を探すか、食べ続けている場合が多い。しかし、親子や群れの絆と愛が象を含めて多くの動物でみられる(「ダーウィンが来た」「ワイルドライフ」などの番組)。

人間は脳が発達し精神や心の世界に生きるようになり、何のために生きているのか考えるようになった。人間と動物の違いは「未来を洞察する能力」があるかどうかが大きな観点であるとされている。人間は生きる意味を考えるようになった。ひとつは幸福感を得ることを求めて生きると考えられている。

私は若い頃は将来に幸福だと感じる時がくることを願っていたが、高齢になった今になっても幸福だと感じていない。


幸福とは漠然とした概念である、最近はwellbeingという言葉がよく使われる。Wellbeingとは幸福感を伴った健康な状態であると考えられている。

発掘されたポンペイの壁に“狩りをして、フロに入り、ゲームをして、笑う、これが人生だ”と書かれていたそうだ。

ギリシャのイカリア島の住民は長寿であることで有名だそうであるが、その秘訣は、自家製野菜やオリーブを栽培し、地域の人と交流し、適度のワインを飲んでゆったりとした時間を過ごすことだそうだ。

いずれにしても楽観的に生きることは幸福感の重要な側面である。

楽観的であることは重症な病気であっても好転させるひとつの大きな要因になるという。


幸福感を感じるためには、ただ楽観的に生きるだけでなく、生きがいが感じられることが大きな要因である。

神谷美恵子の『生きがいについて』(みすず書房、1966年)では、使命感をもって弱い人、病気の人、困っている人などを援助する活動をすることが生きがいに通ずるという。幸福感には何かをやり遂げたという達成感が伴うことも重要な側面である。

そのためには、自分が最もやりたいと思う職業に就いて頑張る過程が必要であるといくつかの幸福論に書かれている。その結果が評価されて賞をもらうとか、最も重要だと思えることが論文として受理され、あるいは本として出版さることによって達成感が得られるのだと思う。しかし、もっと小さなことでも、少しでも人の助けになったと思えることが自分自身の幸福感につながるとされている。ある新聞の記事に医師は患者に対して人の助けになる行為をする処方箋を出すべきだと書かれていた。そうすることによって病気が快方に向かう可能性があるという。


私は当面何の役にも立たない、周りの人から見れば趣味的な研究だと思えるような研究をやってきてしまったが、論文がある程度のレベルの国際誌に掲載された時、あるいは所属学会で宿題報告などをさせてもらった時は嬉しいと感じたことがある。しかし、そのような小さな幸福感はすぐに流れ去って行ってしまう。幸福感は老い行く過程の中で刹那的なものだと感じられ、永続する心の状態ではない。


ヘルマン・ヘッセは老いることは成熟することであり、老いた者でしか感じられないよろこびがあることを指摘した。

「花の咲いている木や、雲の形のできかたや、雷雨などの光景を見ても、やはり高齢であることが必要である。数知れないほど沢山のものを見てきたものや、経験したことや、考えたことや、感じたことや、苦しんだことが必要なのだ」、と書いている(『人は成熟するにつれて若くなる』草思社、1995年)。

私の友人も全ての公職から引退して何の拘束もなくなった時、自分が本当に好きなことが分かるようになり、今まで気にしなかった自然や音楽や文学の味わいが分かってきて楽しいと言った。


私は全て退職した3年ほど前からカルチャーセンターで「短歌入門」のコースに入った。毎月2首自分で作った短歌を先生に送り、10名ほどで読み合わせ、先生の講評とメンバーの意見を聞くかたちで行われている。周りの自然をよく観察するようになり、ほんのわずかな気づきはないかと気を配るようにはなったが、適切な言葉で表現し、思いを巡らすことができない。できないので、かえって気分が拘束されるように感じる。しかし、何とか乗り越えてゆかなければならないと思っている。



黒井千次『老いのかたち』(中公新書、2014年)のなかに、“年を取れなくなった時代”というエッセイがある。

「六十歳にはそれなりの風采があり、七十歳には前には見られなかった風貌が備わり、八十歳にはさらに風格が加わってというように」。

つまり年齢の増加とイメージの変化は正比例する関係にあった。しかし、今はそのように年がとれなくなった。


高齢化するとは、その時その時の行いや言動について後になって思い返して後悔しないようになることであると思う。つまり直面した問題とまで大げさに言わなくても、ひとつひとつの言動と行為が多角的に考慮され安定していることである。日常生活をスムーズにやって行くためには瞬間的に決断していくことが自然であり、安定していることである。後から思い出して後悔したり赤面したり、人の気持ちを攪乱し、気分を悪くさせたのではないかと気にならない行動と言動ができることである。

重要なことは多角的に考えてどれが一番適しているか瞬間的に判断できることである。この時の見方もその場限りでなく、ずっと先を見越した適切な判断であることが望ましい。


私は生物学的には老年期も過ぎてしまって、気がつけば人生の最終段階にいることに気がついた。

有益な老年期を過ごしてきたとは感じていない。風格ある老人になれなかったことが気になっている。

しかし、私はここで老化してゆくことは生老病死に沿ったわるい側面ばかりでなく、脳科学的にも、生き方の上でもポジティブな側面があることを、これから老年期を迎える人に伝えたいと思ってこのエッセイを書かせて頂いた。    

(2021年3月吉日)

 
一覧へ戻る
© 老成学. All Rights Reserved.
© 老成学. All Rights Reserved.

TOP