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【研究交流】寄稿・提言:⑦ 第三部 がんによる高齢者の死と小児がんによる子どもの死 白梅ケアホーム 本郷輝明 
活動の実績 | 2021.03.30

第3部 

がんによる高齢者の死

小児がんによる子どもの死

 その2:しっかり手を握ること

白梅ケアホーム 

本郷輝明

はじめに:

2020年にはがんで亡くなった方が3人いらっしゃった。

ご自宅で亡くなったBさんについては第1部に書いた。

2人目のHさんについては第3部で紹介した。

そして3人目のIさん(77歳男性)。Iさんも肝細胞がんに罹患し、2020年2月中旬に私の勤めるケアホームに入所し、ここで10ヶ月を過ごした後、12月下旬に亡くなった。

今回はIさんと交わした握手を中心に考えてみた。

Iさんは2020年2月中旬入所し、12月下旬に肝細胞癌で亡くなった。

Iさんは入所2年前に小脳出血を起こし**病院に入院し、その時にB型慢性肝炎による肝細胞がんと診断された。肝臓がんはすでに進行しており、奥さんのご意向で治療はしないことになり、退院後ご自宅で奥さんの介護を受けて生活されていた。

2020年になり腹痛が生じ、肝臓がんを診断された**病院に入院した。その際肝臓がんの増大と病変内出血を指摘されたが、入院3週間程度で症状は落ち着いた。

その後、家から近く(且つ奥さんも病気を抱えていたので)、いつでも来られる我々の施設に入所した。腹腔内出血の恐れがあったが、緩和医療目的で入所した。小脳出血後には認知機能も低下し、着替えや入浴など生活全般にわたって介助が必要となり、移動も車椅子で行い、ご自分一人での歩行はできなかった。

入所後まもなくご自分で食べることができなくなり、口元までスプーンで運んであげてやっと食べることができた。意思表示は入所から1−2ヶ月間はある程度できたが、会話は簡単な挨拶程度の単語に限られていた。

「困っていることはないよ。うちに帰らんでもいいよ。体調はいいよ。」

入所1ヶ月目には、この程度はゆっくりと言ってくれたが、その後会話も次第に少なくなった。入所して4、5ヶ月してから、感情の起伏が激しくなり不安定になったが、奥さんが面会に来て(ガラス越しではあるが)話をすると笑顔を見せた。

夏が過ぎた頃から、

「おはようございます」と私が挨拶すると、

「おー、おー、」と言ってIさんは必ず右手を差し出すようになった。そしてその差し出されたIさんの大きな手を握るのが私の日課になった。

その右手に毎回大変な力を込めてくるのがわかった。

力強い握手であった。

握手のたびに私をしっかり見つめ、毎回彼の持てる限りのすべての力を込めて握り返していた。言葉が出なくなった分、すべての意思を握手に込めていた。

握る時間は長く、ご自分から離さない。我々が日常行う握手は長くて10秒から15秒だが、Iさんの握手は毎回1分から1分半近くも力強く握り返していた。


こんなに長い握手を受けるのは何年か振りである。そう、30数年ぶりである。

小児病棟で、臨死の子どもが母親の帰った後 寂しくて泣き崩れ、その後診察に訪れた私の手を懸命に握ったままどうしても離さないことがあった。その時は母親代わりに私の手を握り離さないのは、この世界との絆をしっかりつなぎとめておく証(あかし)としての握手だと思った。

「私を離さないで。そばにいて!まだまだこの世界にとどまっていたい!」という小さな手からの訴えのように思えた握りだった。


77歳のIさんも同じ心持ちだったのだろう。特にこのコロナ禍で親しい人との交流が極端に減り、この世界との絆が薄れていくことによる寂しさが、私に対する力を込めた長い握りとなっていたのだろう。

Iさんはその後むせることが多くなり、腹水も溜まり次第に意識も低下することが多くなった。

奥さんとの面会時には、意識がはっきりし言葉は出ないが涙を流していた。

甲府に住んでいる娘さんが(危篤と聞いて)会いに来て窓越し面会をした翌日の昨年の12月下旬に静かに息を引き取った。

Iさんが亡くなりご自宅に戻られる時、奥さんは「コロナ禍の中、県外から駆けつけた娘に会うのは無理かと思ったが、一目会えてとても良かった。娘も亡くなる直前に会えて喜んでいた。」とおっしゃっていた。

高齢者施設に勤務するようになってから、私は握手をしっかりすることが習慣になっていた。

そして、ある時、終末期でない高齢者のそばに座り話をしながら手を握っていると、「そろそろお迎えがくるかね」と死の受け入れを準備している方がいらした。普段、親しい人からも握手されることが少ない中で、医師の私が会話のついでにしっかりとした握手をすると、近々お迎えが来ると感じ取ってしまうことがあるようだ。私はそれを否定しないで、そろそろ心の準備はしないとね、と言っておくことにしている。


握手する中で、

ある老人は「死は抗するものではなく、受け入れるものだ」

と言ったのを覚えている。


がんの子どもの終末期で印象的だったのは、7歳の男児(悪性リンパ腫)のJ君で、彼が亡くなる2週間前に母親に言った言葉がある。

「順番からだとお母さんが先だけど、僕が死ぬまでお母さん、先に死なないでね」

母親がこの言葉を聞き、「こんなことを私の子どもJが私の手を握りながら言ってました」と知らせてくれた。

病名も告げず、死が近いこともJ君には全く伝えていなかったが、本人は、自分の体の状態と周囲の雰囲気で予知できたのだろう。

J君はすでに7歳で次のことを悟り、母の手を握りながら我々に告げていたのだと思うが、そのことに私が気付いたのはJ君の死後である。


人の人生には寿命があること、

普通は年老いた人から順次亡くなるが、その順番が狂うこともあること、

J君自身の寿命が近々なくなることを本人が察知できたこと、

そして親しい人がそばにいてくれれば(そしてしっかり手を握ってくれれば)、向こうの世界に行けること。


子どもの場合は、向こうの世界に一人で行くのは勇気のいることだが、誰かがそばにいてくれれば安心して向こうの世界にいけるのではないか。

そのことをJ君は教えてくれた。

 
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