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【書評】『新版「生きるに値しない命」とは誰のことか』を読んで : 森谷行海
交流の広場 | 2020.10.30


【書評】

新版「生きるに値しない命」とは誰のことか

ナチス安楽死思想の原典からの考察

編集者 森谷行海

書籍編集者である私は、これまでに専門書、新書、エッセイ、文芸と様々なジャンルの出版物を担当してきた。原稿を書かれる先生方のなかには、難病患者や障碍者の方もいた。闘病生活を送りながらも結婚して家庭を持ち、ほかの難病患者を励ましている人。障碍がありながらも自ら障碍者支援団体を立ち上げた人。私は時折、彼らのことを逆境に立ち向かう勇者のようだと感じることがあった。その一方でそうして美化する姿勢を否定する自分もいた。実際に対話したり原稿を読みこんだりすることで、彼らは健常者とかわりない人間なのだとも、私は感じていたからだ。

本書でも冒頭で触れられているが、「障碍者は生きている価値がない」という相模原事件の殺人犯の言葉には当時、私も戦慄した。しかし、その考え方は間違っているという信念を、仕事を重ねるうちに強めていった。

本書では命の選別や順位付けについて、ナチスの安楽死思想に触れつつ考察している。これは歴史の本ではない。安楽死を望む人々の声に対して、どのように対応したらよいのか。医療崩壊が起きてしまったら、命はどのように選別されるのか。誰もが出来れば避けて通りたいと感じる、現代に起こり得る問題を真正面から問うている。

「死に方」を考えることは「老い方」や「生き方」を考えることに通ずる。第2部のナチス思想に対する批判的考察では、著者の老成学の思考法も登場している。「ミネルヴァの梟は迫り来る黄昏に飛び立つ」とはヘーゲルの言だが、著者の哲学は現代社会をカバーするものであると、私は確信している。

禁忌(タブー)に挑む本書はスラスラと読めるものではない。もちろん、読者の理解を手助けするために、著者は尽力しておられる。それでも読破するには体力がいるだろう。その分、得るものは大きい。

秋の夜長のお供にすれば、思考が止まらず眠れなくなる。そんな強烈な一冊だ。

  • 脇文雄 : 2021.08.19 4:48 PM

    ある日のコト、鶴見駅東口前バス停付近を、白杖を持って、行き交う人に話しかけようとするも、通行人も中々急いでいる様子で応じる人も無い。そんな光景を見掛けたボクは、ようやく声掛けをした、「どうされますか?」と。目的地行のバスに乗りたいが、そのバス停が分からないとの弁。声を掛けたのはイイけれど、20年もの間、駅東口と職場まで徒歩5分の道程を往復しているだけの自分も分からない。先ずはバス運転士に聞こうと思い、停留中のバスまで行こうとその方の手を取ると、その手を一度放して、ボクの上腕を後ろからそっと握ってきた。そして二人してぎこちなく歩きながらバス運転士に聞くと、「それならあのバスです」との弁。見ると、既に走り出してしまっていた。声を掛けたのはイイけれど、視覚障害の方の道案内をする時は、自分の上腕を後ろから握って頂くとか、自分の肩に手を掛けて頂くなど、エスコートの仕方さえ知らず、その方が困っているコトに気付いた時点で声掛けしていれば余裕で目的のバスにも乗れたハズと思うと役に立てずに申し訳無かったと思うと同時に、障害を持つ方への接し方さえ知らずにいた自分が恥ずかしく思えてなりませんでした。当時、登山用品専門店で中高年の登山ブームを受けて元気なお年寄り相手に接客していましたが、諸事情で廃業した結果、予てより興味のあった老人介護について資格を取得し、特別養護老人ホームで元気の無いお年寄りのお世話をし始めて早11年になります。森谷さん、あと2ヵ月足らずですが、引き続きのサポートを宜しくお願いします。

 
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