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【寄稿A】 ① 第一部 コロナ禍における介護老人保健施設の高齢者たちと職員の戸惑い 白梅ケアホーム   本郷輝明
交流の広場 | 2020.09.13

第一部


コロナ禍における介護老人保健施設

の高齢者たちと職員の戸惑い

白梅ケアホーム/本郷輝明

はじめに

新型コロナが流行する中での介護老人保健施設での高齢者たちとその家族の言葉にできない苦悩とそこで働く職員の戸惑いを記載した。(個人情報特定を避ける為AさんBさんCさんで表し、老成学研究所への発表に関してAさんBさんCさん本人あるいは関係者から承諾を得た)。

1. コロナ禍における高齢者とその家族:人生最期を家族とともに迎えたい!

介護老人保健施設(老健)では、高齢者の自立支援のため多くの人が働いている。医師・看護師・リハビリのスタッフ(作業療法師、理学療法士、言語聴覚士)・歯科衛生士・介護士・ケアマネージャー・支援相談員(社会福祉士)・薬剤師・管理栄養士そして事務職員。これら多職種の人々が高齢者の身体状況と精神状況に応じてリハビリをし、身体と精神の機能向上と維持のため働きかけをしている。

生活維持のために毎日欠かさず働きかけと支援をしているのは介護士である。起床時に立ち上がりのできない方へのベットから車椅子への移譲、車椅子に座っている方の食卓までの移動、自分で食事が取れない方への食事の介助と食後の口腔ケア、トイレでの補助や排泄物の交換、入浴の介助そして高齢者の話し相手など生活全般の介助を行って毎日の生活を支えている。介護士として20歳代から60歳代までの男女が働いている。

私はこの老健で働くまで、40年間小児科医として働いていたので高齢者が生活する老健の実情については全く知らなかった。それだけに働き始めから今までの6年間、日々驚きや発見があり新鮮な気持ちで高齢者の方々に接し会話し診察することができている。小児科医の時は、新生児・幼児・思春期の子供を診るたびに、この子らが成長したらどのような大人になるのかを想像するのが楽しかった。疾患を持っていてもこの両親ならしっかり育っていくだろう、などと思ったりした。

退職し老健に移ってからは、高齢者と話しながら、その方の性格を想像し、過去の働く様子や生活の様子を具体的に聞き、兄弟・子供・お孫さんなど家族との関係を聞きながら、その方の若い頃の姿を想像するのを楽しんでいる。戦争時代の苦しかったこと(浜松は艦砲射撃で街が焼かれ尽くしたことなどをしっかり覚えている方が多い)や、戦後の生活困難な時代のこと(例えば東海道線の列車内を1杯30円のコーヒーを売りながら1日何回も名古屋や静岡を往復した話など)を思い出しながら私に語ってくれた。男女を問わず青年時代の一番輝いていた頃のことは皆覚えていて、いつも生き生きと具体的に語ってくれた。多分同じ話を入所前には息子・娘に何度も話していたのだろうなと想像しながら聞いた。入所している高齢者は80歳代後半から90歳代の方が多く、戦争の記憶はしっかり持っていた。

新型コロナが流行してからは生活リズムや事情が変化した。コロナ禍の状況が進み始めた今年3月からは自由に行っていた家族との面会を中止した。それとともに私との会話にも少しずつハリがなくなり口数が少なくなった。週1回程度(中には毎日会いにくる方もいる)、家族と会うのが多くの高齢者にとっては唯一の楽しみになっていたが、それが突然なくなった。


入所者のAさん(男性。80歳で脳梗塞を2回起こして半身麻痺と認知症が進んできていた)は、毎週火曜日に息子さんの仕事休みの日に昼食のため二人で外食に出かけるのを楽しみにしていた。3−4時間程度の外出だったが、帰ってきて、どんなものを食べてきたかを聞くと、食べてきた内容はあまり聞き出せなかったが、おいしかったですかと聞くと、うんうんと頷きながら嬉しそうに笑顔で返事をした。

Aさんは3月以降外出・外食が出来なくなり、その理由を本人がわかったかどうかは不明だが、外出ができなくなった当初は、行動が不安定になり、机を叩いたり、うろうろすることが多かった。1、2ヶ月後の5月以降は一日中ぼんやりと窓から外を眺めたりして会話も笑顔の挨拶も減った。週1回数時間の息子と「会う」という刺激がなくなることは、高齢者にとっては致命的であることを実感した。息子さんも父親の認知症が進んだのではないかと心配していた。

高齢者にとっての一番の楽しみである「家族と会う」「目を合わせる」「肌に触れる」「会話をする」ことが奪われ、週1回程度のWeb面会のみになっている現状では、日々の生活の中での生きる楽しみが半減したり無くなったりしていることがわかった。耳が遠くなり、会話ができなくなった高齢者には特に致命的である。これは親族にとっても同様に悲しく辛いことである。


入所歴2年のBさん88歳(女性)。とある料理店を切り盛りしていた。81歳の時、結腸憩室穿孔で人工肛門を形成し自己管理をしていたが、84歳の時階段から落ちて脳挫傷と脳出血、肋骨骨折を起こし入院した。その後一時自宅に戻るが、半年後脳梗塞を発症し病院で治療を受けた。脳梗塞治療後に我々のところの老健へ入所。入所2年経った今年の4月まで徐々に認知機能は低下してきたが比較的穏やかな生活を維持してきた。ほとんど怒ることもなく、言葉数も少ない方だった。

今年の5月の全国新型コロナ流行の最中、食事が取れなくなり急激に腹水が溜まり、腹部膨満をきたしたので病院受診。そこでの診断は卵巣癌腹腔播種だった。病気が急速に進行していて余命1、2週と言われ、受診日に老健へ帰ってきた。コロナ流行の最中、最後の日々をどう過ごすか家族と相談した。本人はすでに認知機能の低下と体力低下で意思表示はできなくなっていた。高齢者施設では、入所者への新型コロナ感染が施設に波及するのを恐れ、入所者が終末期でも1名の息子・娘のみ1日1回10分以内の面会に制限していた(面会制限は厚生労働省から高齢者施設での新型コロナ流行阻止のための指針として示されていた。ただし、ご臨終になる時はこの限りではない)。

1週間がすぎて、徐々に体力が消耗して残された時間があと数日のみとなった時、家族は家で看取るという決心をした。我々は賛成し、そのための手続きを一気に進め翌日家に帰ってもらった。帰宅後はその方の兄弟、子供、孫など親戚皆次々に会いに来てくれた。3日後の息を引きとる直前は、偶然学校が休みだった孫がそばについていて、呼吸がおかしくなったことに気づき母親に知らせ、その後親戚と在宅担当医に連絡が行き、家族全員に見守られ息を引きとった。後日在宅での状況をお聞きした時には、とても良い最後だった、みんなに会わせることができてよかったと長男夫妻から感謝された。


息子や娘たちに会って、孫やひ孫などの家族に見守られて住み慣れた家で人生の最後を迎えたい、というのは我々の誰しもが持っている人生最期の迎え方のイメージではないだろうか。また己の衰える姿を見せ、息を引きとる姿を子供・孫に見てもらうことは、言葉では表せない「人間の生きる姿・死ぬ姿」のメッセージを次の世代に伝えることになるだろう。それはコロナ禍の状況にあっても変わらない。

2. コロナ禍における職員の戸惑い:介護施設に新型コロナを持ち込まない! 

入所者の入所形態は様々である。長期入所者、在宅復帰のための2−3ヶ月の短期集中リハビリ目的の入所者、2日から5日間の短期入所者(ショートステイ)。さらに入所高齢者の経済的背景・今までの職業背景(サラリーマン・学校の先生・農業従事者・運転手・養鰻業、大工など)も実に様々である。罹患している疾患も多彩である。脳梗塞や脳出血による半身麻痺、高次脳機能障害、構音障害、嚥下障害、アルツハイマー型認知症やレビー小体認知症、血管性認知症など。糖尿病、大腿骨頸部骨折治療後、リュウマチ、痛風、乳癌、肺がん、慢性腎臓病。それらの疾患の状態に応じて治療を継続したり、中止したりする。

最近の老健では、厚生労働省が老健を地域密着型リハビリ施設として在宅復帰を推奨しているので、入所・退所の出入りが激しい。その中で、季節的な感染症の流行時期、例えば冬ならインフルエンザやノロウイルス感染症に対してはワクチンを含めての感染防御対策を速やかに講じている。日常生活を維持するだけでもスタッフと入所者は大変な労力をかけて日々を送っている中での、今回の新型コロナウイルスの流行。もしこの高齢者集団の中に新型コロナウイルスが流行しクラスターになったらどうなるかはデーターからはっきりしている。老健で働く我々は行動制限をしてウイルスを持ち込まないように細心の注意を払っている。

現に日本では3600あまりある老健の中で17の施設に新型コロナ感染者が発生し、クラスターは6施設で起こり(職員87名、入所者231名が陽性)、入所者51名が亡くなっている(職員の死亡は0名で、入所者は罹患した人の22.1%が死亡)。高齢者施設での流行は重症者を出す要因になる。高齢者施設に流行を起こさせない為に様々な制限を加えているので、職員、入所者、入所者の家族に、精神的にも肉体的にも多くの負担を強いている。「介護施設に新型コロナを持ち込まない」、これが最善最良の策である。しかし人の交流が基本となっているところでは、コロナウイルスを遮断するのはとても難しく、それなりの工夫と努力が必要である。面会制限はウイルスを持ち込まないための一つの有力な方法である。


老健で働いている薬剤師のCさんの娘さんが東京都内の大学を卒業して、千葉県にある会社に就職することになった。就職祝いを兼ねてCさん夫婦で引っ越し手伝いに行くことになっていたが、どうするか、とても悩んでいた。大決心をして、3月下旬夫婦で車を運転し、東京を通り千葉県まで行き引っ越しを手伝い、数時間の滞在のみでとんぼかえりで浜松に戻ってきた。その後は毎日体温を測定し、1週間ほど老健への出勤を控えた。幸いCさん夫婦は感染を免れ、娘さんも感染せず元気に出社しているとのこと。見えないところで職員たちは「介護施設に新型コロナを持ち込まない」を実践している。

(写真: 本郷輝明氏 出典)

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