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【寄稿A】〈11〉第6部 その1 老健入所者70歳代男性の孤独と老いの心理  白梅ホーム 本郷輝明
交流の広場 | 2021.08.17

第6部

老健入所者70歳代男性の

孤独と老いの心理

白梅ホーム 

本郷輝明


その1 Sさんの場合

ケアホームに入所している70歳代の人は19名で全入所者の14%を占めている。

19名のうち男性は6名(71-78歳、平均74.8歳)で、女性は13名(71-79歳、平均76.6歳)である。入所者全体では男性の割合が少ないので、70歳代の6名は全入所男性(27名)の22%になる。女性の13名は全入所女性(111名)の12%である。

70歳代は90歳代と異なり、年齢だけでは入所にはならない。70歳代は全員何らかの疾患を伴っている(老健入所には要介護1以上が必要である)。


70歳代の19名の入所原因の疾患としては、脳梗塞が多い(10名、男4、女6)、次にアルツハイマー型認知症で4名(男1名、女3名)、脳出血2名、その他3名(関節リウマチ、脳炎後遺症、多発骨折)である。

これらの主要な病気の他に、高次脳機能障がい(2名)、腰椎圧迫骨折(3名)、脳梗塞と脳出血に起因する認知症(6名)、糖尿病(3名)、てんかん発作(3名)、大腿骨骨折(3名)などに罹患している。

治療継続している方やリハビリを受けている方がほとんどである。

主な疾患の罹患時年齢は男性平均68.7歳(56-77歳)、女性72.7歳(66-78歳)で、男性の方が早く病気に罹患し病悩期間が長かった。


70歳代は老いの初期である。そして入所者の罹患した病気はほとんどが本人にとっては突然に発症した。彼らが、突然に発症した病気を徐々に受け入れると共に、生理的・身体的(そして心理的)な老いも受け入れる時間と場を確保する必要がある。その間リハビリも必要で、リハビリに励みながら、これから生きる20年や30年の時間を予想して、自分が楽しめる技術と能力を探しだし、何らかの形で地域に戻れるような工夫する。それができるまで、生活の支援を受けながら静かに暮らす。そんな急かされない時間があっても良いだろうと思っている。そんな時間と場を老健が提供できれば良いだろう。


第6部では、70歳代の普通に生きてきた人の、一人一人に焦点を当て、その人たちの老いに対する考えや印象を探ってみたい。

特別な業績をあげた偉人や社会に貢献した人や学者・芸術家ではなく、普通に生活して真面目に働いてきた人が、どのような趣味を持ち、どのように暮らしてきたか、そして彼らが年老いて、何に悩み、そしてこれから何の楽しみや生きがいを見つけ出して80歳代や90歳代を歩んでいくのか、(私自身が70歳代になったので)強く知りたいと思う。



入所者男性の一人であるSさんに現在の気持ちや悩みを伺った。

Sさんは現在72歳で、56歳のとき心筋梗塞に罹患し**病院でステント挿入術を受けた。その半年後に脳梗塞を発症。さらにその5年後(62歳)にも脳梗塞を再発し、右片麻痺が残った。70歳の時に転倒し右大腿骨を骨折した。そしてその年に白梅ケアホームに入所した。入所してすでに1年半が経過している。


施設内では大人しく、個室でテレビを見たりして過ごしている。他の人と会話している姿は見かけたことがない。私とは治療関連の話以外は今までほとんどなかった。

私と年齢が近いので上述の関心を持って話を聞くことにした。ゆっくりとお聞きしていくと、初めは詰まりながらも話をしてくれた。


「今まで生きてきて、一番楽しかったエピソードを聞かせてください」とまず尋ねた。

楽しい事から始めると会話が続けやすい。


「ロタ島に行ったことかな。友達5、6人で一緒に海外に行った。ロタ島では釣りをしたり、泳いだり自由に過ごして楽しかった。そこで1週間ぐらい過ごした。

22歳から23歳の頃かな。今思い出す中で一番楽しかったことだね」

「え?ロタ島?どこにあるのかな?」と聞くと、

「グアム島の北にある小さな島ですよ。グアムまで飛行機で行き、グアムからは船で渡った。」とのことだった。

「ロタ島は、若い頃に行った一番の楽しかった思い出だね。」


次に、「Sさんの趣味はなんですか?」とお聞きしたところ、

「釣りと野球かな」との返事。

「釣りには海釣りとか、川釣りとかありますが、どちらですか?」とお聞きすると、

「海釣りだね。福田港とかに朝の3時か4時に行き、4−5人集まり船を出してもらい、漁師の案内で釣れそうなところに連れて行ってもらい、海釣りをした。楽しかったな!」

どんな魚が釣れるのですか?との質問に

「アジとか、ヒラメ・・。そしてイサキが多かった。

釣りを始めると病みつきになってしまいますよ。クーラーボックス一杯に釣ってきたことがあるが、そんなことがあるとたまらなく楽しくなるね。」


逆に「先生も釣りはするのですか?」と問われた。

「私はすぐ船酔いになるので、海釣りの経験は一度だけ。それに海や川での釣竿をたらしての釣りは根性がないせいか、ダメです」と返事した。

すると即座に

「釣れるまでの待ち時間が楽しいのですよ!何回か行くとその糸垂らし時間の面白さがわかり、病みつきになります。」とのことだった。

釣りの面白さは、糸を垂らしている時間をゆっくり楽しめるかどうか、で決まるようだ。


彼の趣味が話題になり、少しずつ話題に乗ってきて話が弾んでくる。

もう一つの趣味の野球については、「中学、高校と野球部だった。ショートを守っていたが、どちらかといえば打つ方が得意だったかな。社会人になってからも続けた。」とのことだった。


Sさんは浜松の***で生まれ育った、生粋の浜松人である。

Sさんのお父さんは浜松の染色工場で働いていたが、子どもの頃(4−5歳頃)に亡くなった。Sさんのお父さんは戦争中、ビルマ南方に行ったとのことだったが、現地での状況についてはほとんど聞いていない。

浜松人らしくお祭りは大好きで、***町の屋台を引き回したり、凧を揚げたりするのが好きだった。

「昔は、5月1日から5日までお祭りだった。子供だけのお祭りもあり、その監督もしたね。」



今までのSさんの歩みを何回かお聞きしているうちに、話し言葉も明瞭になり、だんだん聞き取りやすくなってきた。

記憶も少しずつ戻ってきているように感じた。

表情も出てきて、話していても明るくなった。


自分の病気についてどう思っているか聞いてみた。

心筋梗塞や脳梗塞のエピソードについては覚えていない。

私からSさんの罹患した心筋梗塞や脳梗塞、骨折についてお話しすると

「満身創痍だね。よく生きてきたね。実際ほとんど覚えていない。おそらくこの間女房がサポートしてくれたのだと思う。」

また、これからの生き方について伺うと、

「これからのことについては全く考えていない。あるいは考えられない。なるようにしかならないと思う。」との返事だった。


Sさんに「結構いろいろ話をしてくれるではないですか!」と感想を言うと

「先生がいろいろ尋ねるので、少しずつ思い出して話せるようになってきたのですよ!」とのことだった。

そして、この間何回かお聞きした内容をまとめて、老成学研究所のHPに載せたいが許可願えないかと話したところ、次のような質問をしてきた。

「なんで私のような人の話を聞き、それを書き、HPなどに載せるの?」


結構本筋をついた質問をしてきた。私は次のように答えた。

「私は、普通の人に興味があるのです。普通の人が年老いて、何を楽しみ、何を見つけ出していくのか、それを知りたいし、またそれを書いてみたいと思っています。私自身も初期の高齢者になり、様々な人の歩みに興味あるのです。」


Sさんは、これから10年、20年先のことは考えられない と言う。

「老いは感じる。半身麻痺が全く治らないし。あと何年生きられるか?女房に頼るしかないな。」

まだこれからのことは、見いだせないようだ。

毎日姿を見かけてもほとんど誰とも話をしていない。Sさんと話せば、ゆっくり話してくれるが、普段はほかの人と話さない。

本人は「話ができる人がいないし、話が合う人が身近にいないので他の人と話はしない。」と言う。

食事とリハビリの時間以外は、静かに一人でテレビを見て時間を過ごすことが圧倒的に多い。

そして一人でいることにほとんど苦痛は感じないし気楽だとのこと。



長生きの秘訣の第一に 孤独でないこと が挙げられている。

「孤独でないこと」に関しては、特に日本の中高齢男性にとって一番の問題点のようである。日本の中高齢男性は「孤独である」あるいは「孤独に陥る」ことが他の国の中高齢男性比べて多い。


釣りや野球などの屋外での趣味を持っていた人が、半身麻痺になり歩くことができなくなり、さらに老いが迫ってきた場合、どのようにして次の趣味を見出し、残された老いの時間を楽しむことができるのか、これは我々団塊世代の問題である。

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