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【書評】『新版「生きるに値しない命」とは誰のことか』に寄せて:精神科医 菅原一晃  
交流の広場 | 2021.02.24

「負の遺産」を可視化するということ


『新版「生きるに値しない命」とは誰のことか』に寄せて


精神科医 

菅原一晃

私自身は一介の精神科臨床医にすぎません。研究者でなにかを日々究めてわけでもなく、また哲学に関しても素人です。しかし、学生時代にはドイツ哲学には元々興味がありました。そして学生時代に森下先生が訳された『「生きるに値しない命」とは誰のことか』を読んで、その文化的意義(負の意義も含めて)を考えるようになっていました。2017年7月から2019年3月の期間、ドイツのハイデルベルク大学に留学しましたが、ハイデルベルクに留学してからはずっとこの本のことを頭に浮かべながら行動していました。


ドイツのハイデルベルクという街は人口14万人強のそれほど大きくない街でありながら、ハイデルベルク大学という有名大学があり、特に医学部・物理学部・哲学科ではドイツのなかでも最高レベルであることからヨーロッパの様々な国から留学生や研究者が集まり、また日本でも京都大学、大阪大学、東北大学、東京学芸大学、三重大学、早稲田大学、上智大学、などの大学と交換留学をしていることから日本人の学生や研究者も多い街です。私も日本人やドイツ人、さらには他の国の人たち、研究者から学生、他の国からドイツに移民し生計を立てて生活している人、など多くの方々と親密になることができました。


その中で、実はドイツに持っていった本の一冊が旧版の『「生きるに値しない命」とは誰のことか』でした。ビンディンクとホッヘの文章に関しては、常に緊張感あるものとして断続的に読んでいました。この本を読むに当たって、私がドイツに住んで感じたことを述べることで何か参考になればと思い、この文章を書かせていただきます。


 

私はハイデルベルク大学精神科において精神病理や現象学部門を担当しているトマス・フックス教授の講座に籍を置かせていただきました。フックス教授は精神科医でありながら哲学の博士を持ち、またドイツでは大学教授になるためには大学教授申請資格(ハビリタツィオーン)というのがあるのですが、同資格で医学と哲学の両方を取得している極めて珍しい方で、世界一有名な精神病理学者といってよいと思います。ミュンヘン大学を卒業し資格を取得された後にハイデルベルク大学に来られ、カール・ヤスパースセンター教授という肩書を持っており、『精神病理学総論』を記したカール・ヤスパースの後継者という風にドイツ国内外で見做されています。そこで現象学部門という講座が成り立っています。ドイツの大学教授は年間を通して講義を担当していますが、フックス教授は医学部、哲学科、さらには心理学の講座も担当していました。

そのフックス教授の下には、世界各国から多くの研究者、主に現象学を専門とした哲学者が留学されていました。彼らや彼女らの国は様々ですが、私が在籍させて頂いた期間では、ドイツは勿論のこと、イタリア、スペイン、スイス、ベルギー、ロシア、中国、イスラエル、メキシコ、チリ、など本当に多くの国から来ていました。この研究室では大体毎月1回、火曜日に留学生の発表、水曜日にはドイツ国内或いは国外からの哲学教授の発表を聞く機会がありました。


この教室のテーマは現象学であり、発表の内容も主に現象学関連のものが多いのですが、現象学の開祖であるフッサールの未発表原稿・手記であるフッサリアーナがハイデルベルク大学にあることから、フッサールの文献研究を突き詰めた研究、或いはフッサールなどの現象学的な知見をもとにしながら統合失調症や発達障害、うつ病などの精神疾患を考察する精神病理学的な研究、現象学というよりはむしろ脳科学や心の哲学といった関連した哲学・認知科学領域をメインにした分野横断的研究、など多くのものがありました。いずれの発表もレベルが高く、また抽象度が高いものも多いため理解するのが難しい発表も多くありました。発表の言語に関しては、留学生はほとんど英語で発表し、ドイツ人教授の場合にはドイツ語、ドイツ以外の国の教授は英語、というものでした。


またこの講座の中心メンバーなどから構成される学会であるGerman Society of Phenomenological Anthropology, Psychiatry and Psychotherapy (DGAP)では半年に一回程度の頻度で国際ワークショップを開催していますが、2018年9月にはハイデルベルクで大規模な国際学会が開催されました。世界中の現役の有名な現象学者・精神病理学者が一堂に会するまたとない機会でありました。

私は校舎が異なる医学、哲学、心理学、その他の授業に数多く参加しました。ドイツでは大学はほぼ無料(ただしハイデルベルク大学のあるバーデン・ヴュルテンベルク州では2017年10月からEU外の学生は1学期1500€払わなければならなくなりました)であるのに加えて、かなり多くの授業や講義が一般講座として市民に開かれており、街の至る所にその告知のポスターが掲示されています。


医学、心理学、社会学、アメリカ学、美学、翻訳通訳学などなど、私は時間があれば自分の専門以外の分野の授業にも積極的に参加しましたが、これらの授業には多くの社会人やかなり年を召された方も参加されていて、さらに積極的に質問もされていました。このあたりは日本精神神経学会の年次総会などでほとんど質問が出ないことが多いのと対照的で、ドイツではどんな講義でも質問が多く、授業は概ね90分ですが最初60分が講師による講義で残り30分が質問時間となっています。


また、一般講座の講義はハイデルベルク大学の教員だけでなく、国内外からも多種多様な講師が来ます。例えば哲学科の講義では『なぜ世界は存在しないか』が日本でもベストセラーになったマルクス・ガブリエルの特別講義もあり参加しましたが、ガブリエルはドイツでも有名なため会場に人があふれて別会場での中継が必要になる様子も目にしました。

その数々の勉強会の中で、印象に残ったものがあります。それは、ハイデルベルクのアカデミーで、ヤスパースとハイデッガーについての講演会が開かれたときのことです。フックス教授がハイデッガーの『Schwarze Hefte(黒ノート)』について発表された際、学者以外に参加した一般人も合わせて多くの人が、発言し、非常に荒れたものになりました。ハイデッガーはナチスに加担した哲学者ということで、彼の存在論哲学自体以外に、パーソナリティ面ではいろいろな評価があると思いますが、ドイツ人にとっては「ナチス」「ユダヤ人問題」、そしてそれに関連するような「ハイデッガー哲学」というのは、常に考えなくてはならない「しこり」を残したものであると感じました。会場では、哲学を専門としている学者だけではなく、一般の市民もこのような勉強会に参加し、そして発言、特に苛烈な発言をしていたことに問題の大きさ・関心を肌で感じました。

私が所属していたハイデルベルク大学の精神科というのは、前述のカール・ヤスパース、クルト・シュナイダー、その前にもドイツ精神医学の祖であるエミール・クレッペリンなど、戦前・戦後のドイツ精神医学に影響を与える人物を多く輩出しました。しかしナチス時代には負の部分も背負っていました。

ナチス時代にハイデルベルクの精神科教授であったカール・シュナイダーはT4計画で主導的な役割をしました。ハイデルベルクの旧講堂に隣接したハイデルベルク大学の博物館は観光名所の一つでありますが、そこにはナチスの負の遺産も紹介されており、カール・シュナイダーや彼らの計画も批判されていました。


それに加えて、ハイデルベルクの旧市街で私が住んでいたメインの中央通り、Hauptstraßeの地面にはところどころ躓きの石と言われる板が埋められ、ユダヤ人など連れ去られ殺されたであろう人々の名前や出身地、生年月日や行き場所(死に場所)が書かれていました。家の近くには「水晶の夜」で破壊されたシナゴーグ跡地が、解説付きで空間そのものが残っていました。またハイデルベルク大学の精神科病院、私の職場にはプリンツホルン美術館が隣接しており、そこには100年前の精神科患者たちが作成した作品群が、数ヶ月替わりで展示されていました。

街中で日常に、このようなものを目にする機会がドイツには非常に多いのですが、過去の罰や罪を国民がどれだけ意識しているかという評価は難しいと思います。しかし、可視化した形で残すことは重要なのではないかと、このようなものを見るたびに感じました。国際学会でベルリンに行った際にはユダヤ人の共同墓地をも見たことなどもそれらの延長線にあるでしょうか


蛇足でありますが、知り合いのユダヤ人がいて、イスラエルやナチスの話が出ると、彼はそれまで開いていた入り口のドアを閉めて、例えば「お前は週末にニュルンベルクに行くと言ったが、ニュルンベルクが俺たちにとってどういう土地か分かるか」などと尋ねてきました。私が知っている人、出会った人たちの中で、ユダヤ人ということを隠している人も少なからずいたと思います。

また、高齢のドイツ人の中には、ナチスのことを知りながら黙って暮らしてきた人たちも沢山いたと思われます。このようにドイツでは、常にユダヤ人問題、ナチス問題、或いは移民や政治的な問題について、嫌でも考えざるを得ないことが多かったのです。


今回、ハイデルベルク大学での生活で思いついたものを報告させていただきましたが、日々の生活その他で得られることも多く、ドイツと日本の風土の差が多くの精神性、さらには精神病理の差につながっていることを実感しました。


全体を通してみると、ハイデルベルク大学というのは多くの授業や特別講義が内部の人間だけではなく、学生や市民にも開かれており、非常に開かれた環境であると思います。実際に講義では学生よりも明らかに年をとった一般の方の参加、さらにはその方々が質問をする光景をなんども目にしました。また、ハイデルベルクはヘーゲルやマックス・ウェーバー、カール・ヤスパースなどの有名な哲学者たちが活躍した場所でありますが、パン屋でパンと食べているときに隣に座った高齢の女性と目が合って話すと、その人は昔哲学を勉強したことがあってヴィトゲンシュタインやヘーゲルの話をする、というようなことがしばしばありました。


現在のドイツでは古くからの看板の学問ともいえる法学や物理学が人気を失っている一方で、医学に加えて心理学や薬学といった実用的で開業ができる科目が非常に人気のようですが、哲学、さらにはそれを精神医学の立場から考える精神病理学などは潜在的には非常に関心があることを肌で実感します。

私の上司であるフックス教授は一般の人たちの中でも割と有名で、例えばハイデルベルク大学の臨床心理学の連携講義で教授が講義のときには聴講者は入り切らず、立ち見が出るほどの人の入りでしたし、同じくフックス教授が精神分析研究所主催の講演をしたときも60人程度の部屋に100人以上の聴講者が参加するなどの大人気でした。


しかしその一方で、学問としての精神病理学はさほど人気がなく、「精神病理」という単語は日常的に使われますし、臨床講義でも必ずドイツ精神医学の原点としてエミール・クレペリン、カール・ヤスパース、クルト・シュナイダーの名前が出てきますが、どちらかというと古い過去の知識という感じで、診断も操作的診断基準に基づくようなものがメインになっていて、臨床面では日本もドイツも大して変わらないように見受けられました。


ただし、精神分析や力動的心理療法は盛んで、街中ではこれらのクリニックを開業する心理士が多く、また医学的心理学講座では瞑想(マインドフルネス)の集まりを毎週行っていたり、その他の一般向けに禅や気についての張り紙が街中にあったりするなど、薬物療法以外の試みなどは日本と比べても非常に盛んであると思います。また、レストランやお店でも知らない人同士で普通に話したりすることが多いなど、自分の立場を超えて話す機会は日本と比べて圧倒的に多いので、そのあたりの考え方や風土は日本と全く異なると思います。


ドイツ精神医学といえば、日本では精神病理学、ヤスパースの『精神病理学総論』、シュナイダーの『臨床精神病理学』のようなイメージかもしれませんが、それは50年以上も前のイメージであり、現在はそのようなものはほとんど廃れていると感じます。ブランケンブルクを読んだことがある人もほとんどいないようです。ヤスパースやシュナイダーを援用するのはあくまでも伝統と教養主義のためであり、実際には非常にプラグマティックで、診断は信頼性のためにICDを用いて、治療は薬物療法の他に認知行動療法、さらには力動的精神療法やその他種々の療法、生活習慣の指導など、使えるものは使うといったように思えます。


ただし、保険制度が行き届いており、選択肢が多く、また精神科医含めて休みを取りやすい(30日の有給休暇を誰でも取れる)ことなど、社会の仕組みが日本や私が聞くところのアメリカと異なっているのが大きいのではないかと思います。医師にも患者にも様々な意味で余裕があるように思われます。今後もドイツ精神医学はプラグマティックな様相を呈し、日本とアメリカとの違いは一見あまりなさそうなものになっていくと思います。しかしその一方で、ヨーロッパが備えた社会主義(社会民主主義)の精神なども踏まえると、見えない部分で大きな違いを生んでいくことになるともいえるでしょう。


このようなドイツでありますが、前述のように、街中には常にナチスドイツの遺産を注意していれば目撃することができます。ハイデルベルクが誇るべきドイツ精神医学の遺産を忘れるようになっても、ナチスの過去に関しては可視化している影響もあり、完全に忘れ去られることはないでしょう。

日本に住む私たちはこのようなドイツのように「可視化できる負の遺産」がある環境に住んでいません。そんななかで、今回新しく『「生きるに値しない命」とは誰のことか』が発売になったことは、僭越ながらとても嬉しいことであります。

少し大袈裟な言い方になりますが、私はこの本を後世に伝えるべきものと思っていますし、またドイツに留学したことで私自身の経験も含めて考えてきたことも一緒に伝えて行く必要があると思っています。

 
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