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患者を「尊重する」ということの原点 森下直貴
活動の実績 | 2021.02.05

患者を「尊重する」ということの原点

人権、尊厳、幸せ意識

老成学研究所 代表

森下直貴


近頃、認知症患者への対応に人権アプローチを導入した場合、どのような問題が生じるかについて、医療者の視点から具体的かつ丁寧に考察した論考が散見する。

その中身を見ると、前提には「人権=自由=自己決定(自己責任)=尊厳」という枠組がある。

医療者による倫理学的議論は大変好ましい傾向だと考えるが、その前提にある枠組みついては 疑問なし としない。

この枠組みは周知のように米国のバイオエシックスに由来し、患者の視点を医療倫理に組み入れる方向に大いに寄与した。とはいえ、今日の時点で、欧州や日本を含めた医療倫理の全体の見地、さらにまた、医療倫理を離れて倫理一般の見地からみると、その英米法的な特殊性は否定できない。その点はとくに「人権」や「尊厳」の概念の捉え方に露呈している。


まず、「人権」の概念は、歴史的には圧政からの自由権に始まり、やがて自由権に基づいた平等権、さらには平等権そのものへと拡大された。

自由権も平等権も自然(本性)権とされる。

現代の傾向では、自由は個人の自由に限定され、平等は反差別や社会主義的な再分配に傾斜する。そのため「自由」と「平等」が対立する場面が生じている。米国の政治では自由=リバタリアンと平等=リベラルの対立になる。ただし、自由との関連で平等の原理も多様になる。

要するに、

人権概念は二つのタイプに分かれる。

なお、ロールズの「公正としての正義」では両タイプが並存している。


人権=個人の独立=自由

人権=反差別=公正=平等


次に、

「尊厳」概念は、歴史的にはヘレニズム(支配身分に伴う威厳)とヘブライズム(神の似姿)を基盤にしている。

理念としては理性的な被造物=人間=尊厳になる。

今日ではキリスト教のうちでもカトリック圏で強調される。

日本の場合、現憲法では個人の自由=尊重とされ、尊厳は用いられていない。

尊厳・尊重の併用は福祉基本法や教育基本法等に見られ、平等=反差別=尊厳・尊重という文脈に限られる。

他方、

医療の分野では生命・生存=尊重・尊厳とされる(ヒポクラテスの誓い)。いのち=尊厳という言説の場合は仏教的な生命観が背景にある。


要するに、

尊厳概念は日本では現在、四つのタイプに分かれる。


尊厳=経済分野や思想上の自由

尊厳=福祉・教育分野の平等

尊厳=医療分野の生命・生存

尊厳=カトリックの人間/仏教のいのち

「尊厳」概念の一般的な意味は最上位の価値ということだ。

価値は物事の優先順位を決める基準である。

価値があるなら優先して選ばれる。

経済的な価値と芸術的な価値は機能領域の分化だから横並びになる。

その優先を決めるのが最上位の価値=尊厳だ。

しかし、「尊厳」は四タイプに分かれ、しかもカトリックの特有の人間観が染み込んでいるとすれば、あえて尊厳を用いる必要はない。「尊重」というタームに置き換えることができる。


今日、医療倫理において患者を尊重するアプローチには四つのタイプがある。


患者の自由=自己決定=自己責任

患者の利益=生存=QOL=幸福 

患者の平等=反差別=公正な分配

患者の尊厳=特殊な人間観/生命観

医療者が依拠するのは、患者の利益(パターナリズム)と患者の自由(バイオエシックス)である。

後者が人権アプローチになる。

それに対して医療者以外の人々の場合、四つのタイプすべてが見られる。

医療倫理に関する問題では、四つのタイプが固定されたまま、対立する状況が生じている。


膠着した対立状況を動かすには、特殊タイプに固執するのではなく、改めて患者を「尊重する」ということを反省する必要がある。

尊重するということの原点は何か。

自己決定、利益=生存、公正、尊厳といったタイプの背後にあるのは何か。

それは端的にいえば、

本人の思いや願いを受け止めて大切にするということではないか。

そして

思いや願いの根源にあるのは、大まかに見れば「幸せ意識」ではないか。

(これが幸福観の元)


尊重をめぐる四つのタイプを幸せ意識に還元し、そのように還元した地点から眺めるなら、特殊なタイプが生成するプロセスが見えてくるはずだ。

この生成の見地に立てば、特定のタイプは相対化され、柔軟になり、そこから出てくる見解も固定することがない。


システム倫理学によれば、人間の意味世界の論理=四次元相関である。

これに基づくなら、幸せ意識も次の四次元から構成される。

これは心の四次元構成を下敷きにしつつ、経験を考慮しながら合理的に構成したものである。

(『システム倫理学的思考』)

対外的次元

自分でできることは何でも自分でする

対内的次元 

温かく親しい居場所・つながりがある

対他的次元 

人として周囲から認められている

対自的次元 

日々の楽しみや生きがいがある


四次元のうちの一次元を偏重することから特定のタイプが生成分化する。

タイプの偏重は不可避である。

問題は、特定のタイプ自体ではなく、状況に応じてタイプに基づく解釈(見解)を固定することだ。

固定した解釈から硬直した対立が生じる。

解釈の固定を緩めることから、状況に応じてより多面的で柔軟な尊重のかたちが現れてくるだろう。

(この詳しい説明については「正解なき世界のバイアス論」を参照されたい)

 
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