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【老成学事始】Ⅴ「徘徊」の方向転換は可能か? 
活動の実績 | 2021.02.01

 「徘徊」の方向転換は可能か?

老成学研究所 代表

森下 直貴

昨年の晩秋、夕暮れ時に近所を散歩するたびに、道端で草取りや掃除をしている老人を見かけた。彼の作業ぶりはじつに細かく丁寧だった。

ある日、老人の様子を門柱の陰から妻らしき人が覗いていた。彼女はやがて安堵の表情を浮かべて玄関の奥に消えた。別の日には二階の窓から身を乗り出すようにして見守っていた。

それから数日後、老人の姿が見えなくなったらしく、家族や近所の人たちが暗がりの中を捜し回っていた。

そのことがあって以来、老人の傍らにはいつも妻がいるようになった。あるときは老人が大声を出しながら妻と路上でもめていた。

そしていつしか老人の姿はぱったりと消えた。近所の人の話によれば、介護施設に行かれたのだという。


この老人の行動は「徘徊」と呼ばれる。英語はwandering。精神医学でも夢遊病者の行動に用いられるが、老年医学では認知症の周辺症状の一つとされる。

その意味は複合的で「出歩くこと+道を忘れてパニックになること(空間の見当識障害)+迷子になること」になる。

出歩くだけであれば散歩や散策となるが、認知症の場合、帰り道を忘れてしまう。そのためパニック状態になってあちこち動き回った結果、迷子(迷老?)になるわけだ。


認知症の老人の「徘徊」はトラブルの元である。

本人が転倒骨折したり、交通事故を起こしたり、行方不明になったりすることは、周囲の人々に多大の負担と迷惑をかける。

その責任をとらされるのはたいてい「監督義務」のある家族だ。

ちなみに、JR東海による列車遅延等の損害請求に対して最高裁(2016年)は遺族の責任を認めなかったが、これはごく稀なケースだろう。施設入所の場合はもちろん管理者の責任になる。


2012年、認知症の行方不明者は1万人を超えた。

この事実を詳らかにした『認知症・行方不明者1万人の衝撃』(幻冬舎、2014年)は社会に衝撃を与えた。

それをきっかけとして、関係機関の連絡体制、全国SOSネットワーク、地域ぐるみの見守り、GPS活用などの取組みが整備・拡充された。

2019年現在、不明者は1万7千人を超えるが、大半は一週間以内に発見されるようになった。ただし、死者は一定数いる。


徘徊に対する取り組みは徐々に成果を上げている。しかし、徘徊そのものは減るどころか、むしろ増えて続けている。

それを根本から止めるためには、「出歩き後」だけではなく、「出歩き前」への対処が必要だろう。これに関しては次の対処法がある(前掲書)。


一つ目は、

昼夜のリズムを取り戻すことだ。とくに厄介なのが夜間の徘徊であり、これを止めるためには昼寝をせず、日光浴をし、適度に運動させることがよい。

二つ目は、

かゆみや、痛み、イライラ、空腹、トイレ欲求があると、落ち着かなくなって外に出ることがあるから、生活がしやすいようにうまく対処することだ。

三つ目は、

朝夕になると、長年の習慣によって仕事場に出かけるとか、そわそわして帰ろうとするから、会話を工夫することだ。外出の理由を聞いて共感したり、うまく気をそらしたり、気が治るまで付き合ったりするとよい。

四つ目は、

見慣れた世界の確かさが急になくなると、不安から誰かを探そうとしたり、素足で外に飛び出したりするから、居場所を作り、温かく包んであげることだ。ペットやロボットの活用も効果的だろう。


大半の家族や、施設スタッフ、介護ケア担当者は、実情に合わせて精一杯の工夫を講じているはずだが、徘徊自体を止めることがなかなかできない。

その結果、ストレスや疲労だけが溜まっていく。そうした中でやむなく採られるのが、閉じ込めや、監禁、拘束、あるいは薬物による行動の制限である。在宅であろうと、施設や急性期病院であろうと、その点は似たり寄ったりだろう。


しかし、そうなるとお決まりのコースが待っている。

興奮、不安、ストレス、悲しみ、怒りが高じてパニックが度重なると、やがて車椅子生活を余儀なくされ、徐々に筋力低下、骨折、嚥下障害、胃瘻と続いて、最後は寝たきりになり、生きる意欲そのものが消失する。

こうした将来が待っているなら、認知症になる前に安楽死したいと願う人々が増えてもおかしくはない。


人もまた動物である以上、動き回るものだ。その自由を束縛することは誰も望まない。

そうかと言って、束縛に代わる効果的な方法はおいそれとは見つからない。はたして「人権=自己決定=自己責任」一辺倒でも、「パターナリズム=拘束=寝たきり」一辺倒でもないような方法はあるのだろうか。

このジレンマの中で提案されたのが「パーソンセンタードケア」であり、「ユマニテュード」だ。


「パーソンセンタードケア」は、認知症患者の症状ばかりに対処するのではなく、相手を人として尊重することに焦点を当て、そのための一七個の行動を推奨する。

他方、「ユマニテュード」は、目を見て、話しかけ、手に触れることで、立ち上がって歩けるようにするところに焦点を合わせる。ここでも人は二本足で歩く理性的な動物として尊重されている。


たしかに両者は、症状だけに視線を固定する従来の医学的視点とは異なり、認知症の老人を「人間」とみなすことで、相手を「尊重する」ことへ向けて一歩踏み出している。

この点は評価できるのだが、それでも相手はあくまで保護され世話される人として遇されている。ここが問題だ。


今日、老人は認知症かどうかに限らず弱者とみなされ、保護と世話の対象=お客様として位置づけられている。

人生五〇年や人生七五年の時代では、引退後の余生が短かったから、それでも世代交代はうまくいっていた。

ところが、人生一〇〇年の超高齢社会では、元気か病気かはともかくとして長寿の老人の大群がいる一方で、若年世代は減少している。

こうなると老人はいつまでもお客様ではいられない。

重度の認知症や老衰にでもならない限り、老人が一定の役割を担わなければ社会を維持できない。


あらためて考えてみよう。

そもそも「尊重する」とはどういうことか。

様々な観点から捉えることができるだろうが、その核心にあるのは、相手の思いや願いを受け止めて大切にするということではないか。

そして人々の思いや願いの原点には「幸せ意識」がある。

とすれば、「幸せ意識」を分析することによって「尊重する」ことの意味をより明確に把握できるはずだ。


私の考え(老成学の見地)では、「幸せ意識」は次の四つの要素から構成される(『システム倫理学的思考』第7章、第8章)。

①身体の行動=自分でやってみること→達成感

②心の気持ち=温かい居場所があること→安心感

③他人の関係=人として認められること→自尊感

④生きる意味=生きがいがあること→生きがい感


ここで重要な点は、能動的な活動(コミュニケーショ)が幸せ意識の土台になっているということだ。

受動的に見える感情も能動的な活動の結果である。

また、四つの感情はワンセットで幸せ意識を成り立たせている。

つまり、どれか一つが欠けても幸せ意識としては不十分に感じられるということだ。従来の幸福観がたいてい一つの要素(観点)だけで捉えられていたから、四要素のセットという見地は包括的である。

この包括的な見地に立って「出歩き前」への対処について考えてみたい。


認知症の老人が出歩くことには本人なりの理由がある。

それは習慣的な関心と言える。

感情を抑えるのが理性ではなく別の感情であるように、習慣に取って代われるのは別の習慣だけだろう。

とすれば、新たに別の関心を持ち、関心の向けられた行動を習慣にすることで、徘徊につながる出歩きを減らすことができるかもしれない。

これが先に紹介した四つの対処法を束ねる基本方針である。


九〇歳を超えたジョーン・エリクソンよれば、老人はそれまでの人生で獲得してきたものを徐々に失うが、しかし同時に、新たに獲得できる経験もある。

若い老年学者にはその点がわからないだけなのだ(『ライフサイクル その完結』)。

この指摘は認知症の老人にも当てはまるだろうか。

少なくとも、新たな習慣づくりの鍵は、老人になってからの意欲と、他の老人たちや介護する人たちを交えたコミュニケーションが握っていると言えそうだ。


新たな習慣づくりのヒントを求めて私がかつて見学した老健を例にとろう。


その施設は三階建であり、三階は重度の認知症老人用、二階はそれ以外の老人用、一階はデイサービス用に分かれていた。三階と二階の出入り口のドアには鍵が掛けられ、許可なしには外出できない。外出のリスクを回避するためだ。

入所者はスタッフと一対一で関わる。食事や入浴、排泄の介添えを受けるだけだ。三階の入所者の多くは寝たきりだった。ベッドから大声も聞こえてきた。二階の食堂では演歌が流れる中、車椅子のままテーブル席でうつ伏せになっている女性、車椅子に乗ってフロアをぐるぐる勢いよく回っている男性、誰彼となく昔の自慢話をしてくる男性がいた。入所者同士が互いに関わることはない。

一階ではみんなで童謡を歌ったり、遊戯をしたりしていたが、その輪の中にいる十数人のほとんどが女性だった。壁の近くの椅子には数人の男性が座り、背中を向けながら肩越しに輪の様子を眺めていた。ここでも輪の中でリードしていたのはスタッフだ。出入り口付近にはボンランティアの初老の男性が数人、エプロン姿で待機していた。


以上を対照例とするなら、在宅=近所であれ、施設であれ、認知症の老人に自分でやれることを任せ、一定の役割を担ってもらうことが、新たな習慣づくりの第一歩になるかもしれない。

それは例えば食事の配膳でも、おやつの配給や、花の水換え、イベントの準備でも何でもいい。これらを楽しく面白く、誰かに喜んでもらう(役に立ち)、張り合いのある活動にしていく。


その際、ひとりで黙々と役割をこなすのではなく、仲間と一緒に行っていると感じることも大事だろう。その中で褒め合ったり、認め合ったりすると、そこにいて楽しいと感じ、ますます張り合いが生まれる。世話をしたりされたりする仲間であれば、その中で一方的に世話をしてもらうことも立派な役割になる。


問題は男性の老人だ。

これに関しては認知症治療の第一人者、長谷川和夫の例がある(『ボクはやっと認知症のことがわかった』)。

彼は自分が認知症になったが、介護疲れの家族に請われてデイサービスを利用したことがある。

最初のうちは持ち前の積極性を発揮し、ゲームや遊戯を率先して行なっていた。ところが、次第に不機嫌になり、ひとり離れて椅子に座るようになった。そして帰宅したとき「もう二度と行かない」と宣言したのだ。

この例が示唆的なのは、実はデイサービスを考案したのが長谷川自身だったからである。その彼がデイサービスの内容に耐えきれず、背を向けた。

なぜか。

それは提供されるメニューやスタッフの対応がほとんど幼児向けと変わらないからだ。大半の女性たちは順応性や協調性が高いから、それでもうまくやっている人が多い。

ところが、男性の中には知識とプライドが邪魔をしてついていけない人が少なからずいる。これを解決するには、男性がお客様ではなく自分たちにふさわしいメニューを提案する以外にない。


新しい習慣づくりには別のアプローチも考えられる。それが世間話をする仲間を作ることだ。


数年前、岐阜の輪中地区で在宅老人の調査をしたことがある。その中に九〇歳近い女性がいて畑仕事を日課にしていた。作業しているとそこに決まって認知症の幼馴染みがやって来る。とりとめのない話の相手をしながら畑仕事を手伝ってもらっているという。

また、奥会津の集落を訪れたこともある。吹雪で周囲が見えない中、近所の高齢女性が数人、一軒の家に集まって世間話をしていた。聞けば、遠方に住む子供からの同居の誘いを断り、互いに世話をしながら寄り添って暮らしているという。


世話の原義は世間話である。

互いに世間話=世話をする仲間を作り、その中で役割を担うようになれば、そこが居場所になる。

世話の互助を約めて「世話互助」と呼ぼう。世話互助には多様なかたちがある。認知症の老人とそうではない老人と家族や職員がつながる輪は多彩だ。施設の中でも、在宅=近所においても、世話互助の輪ができると、認知症かそうでないかにかかわらず、老人にとってそこが帰るべき居場所になる。


現在、同じ地域の中でも施設の介護と在宅=近所の介護は分離しており、関連していない。介護の分野では「分割して統治せよ」の方針が貫いているかのようだ。

将来、施設の世話互助と在宅=近所の世話互助が地域の中で交流し、そこに大きな世話互助の輪ができれば、「徘徊」もなくなるのではないかと思われる。

しかし、現状では大きな輪どころか、小さな輪すらほとんどできていない。それが「徘徊」の根本問題であり、超高齢社会の課題なのだ。

冒頭で紹介した老人の話に戻る。

彼はじつは私が昔から知っている元医師の方だ。

三〇年前、たまたま一緒に歩いているとき、その先生に恐る恐る健康の秘訣を訊ねてみたことがある。

「何事も無理をせず、穏やかに過ごすことが一番ですよ。」

その優しい言葉が今でも記憶の底に残っている。

介護施設の中で今頃どうしているのだろう。そう考えると心が落ち着かない。

 
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