交流の広場

老成学研究所 > 時代への提言 > 【寺川進 研究室】 > 意識生成系 寺川 進 こころはどう作られるのか 寺川 進 第6回/全6回シリーズ: 「終章 まとめ」 寺川 進

意識生成系 寺川 進 こころはどう作られるのか 寺川 進 第6回/全6回シリーズ: 「終章 まとめ」 寺川 進
時代への提言 | 2026.08.11


意識生成系

こころはどう作られるのか

 

寺川 進



終章 まとめ




 目次

 終章に向けて
 意識に謎は無い
 構造が機能を担う
 まとめの図
 私が読んだ本




終章に向けて


ここまで、人の脳とAIを観察し、その中でどのような反応が起こり、どのように機能が働いているかを、できるだけ丁寧に調べてきたつもりである。しかし、それにも関わらず、多くの読者は、意識がどのようにできるのかについて、よく分ったという実感が持てていないのではないか、と想像する。しかし、この長大な文章を書き記してきた著者自身は、よく分ったと思っているのである。この ’分った感’ を伝えるのに最も良い方法は、図を示すことであろう。本論考の内容を一図にまとめるのは、難しいが、凡そ下記のようになる。概ね、生理学の教科書や研究論文に報告されてきたことであるが、新しいといえる部分は、自我を生成するニューラルネットの設定と、アテンション機構の重視であろう。皮質には殆どニューラルネットしかなく、その大群の間の膨大な神経インパルスのやりとりが、意識を作る、といえる。




意識に謎は無い

意識という脳の活動、あるいは、機能において、最も不思議と思われることは、それが、次のように働くことである。

➀ 外部に、自分とは独立した世界というものが実在するように感じられる。
 = 客観的な動作
② 脳の内部に、自分というものが閉じ込められているように感じられる。
   = 主観的な動作
➂ 自分は、身体を介して、世界とその一部である身体自体を知覚する。
    = 身体が脳へ信号を送る(入力:翻訳)する動作

これら3つの文章では、自分という単語が表すものが主体であり、その主体が示す動的な活動が動作となっている。主体と動作には、主語と動詞の関係があり、人が使っている言語の文法に合っている。これが落とし穴である。穴から抜け出るには、主体とその動作という関係を忘れて、「私」は、ニューラルネット(NN)の出力層にある神経細胞であり、「動作」は、その細胞(群)からの出力信号であるとすれば、単純に整理された関係が認められる。これは、単なる信号の流れなのだが、頭の中では、私のこころというものに浮かぶ、呟くような文章となるのだ。我々が、黙って考えるとき、こころには何らかの文章が湧き上がってくる。その実体は、NNの配線を電気化学反応が伝播しているだけなのだ。分子の形の変化が波のように伝わって行くということが起きているだけなのだ。それ自体が、感じることに他ならず、客観的動作も主観的動作も共に、その中に含まれてしまう。


ニュートンは万有引力を発見したが、なぜ、引力は引っ張る力になるのかは説明できなかった。それでも人類は、地動説を採用し、月ロケットを操ることができる。アインシュタインは、質量が時空を曲げることを提唱したが、なぜそうなるのかについては、説明していない。NNの信号伝播がなぜ主体を作るのかは、説明されなければならないわけではない。NNが主体であり、その活動が主体の動作となることを呑み込めば終わりである。




構造が機能を担う

脳という神経組織の構造があることは、誰も疑わない。しかし、その構造が意識という生体反応を作り出すと、ほとんどの人は、不思議に思う。それは、手のひらに乗る程度の豆腐のような柔かいモノの中で、何が起こるから意識が現れるのか、ということが常人の想像を超えているからに他ならない。


人の意識を担う構造体は、大脳皮質の大部分を占めるNNである。それは、皮質構造の全域に広がっている。そこに現れるNN特有の神経反応が意識である。特定の場所に限らない。皮質構造全体が、青空のようなものである。そこに雲のような形が現れる。色々な形が色々な意識を作る。青空に雲を吹き出すのも、随所のNNである。後頭部の皮質は、(世界の)イメージ(時空間の中の形体)を意識に吹き込む。側頭葉皮質は言葉(言語と音響信号)を吹き込む。さらに、海馬からは、体験し学習した記憶の雲が送り出される。中脳や視床からは、他の感覚や本能と自律神経に基づく雲が送られる(図x)。

。それらの吹き出し口からの異なる雲の群れが、互いに入り乱れて、大きな渦や流れとなり、皮質構造を動き回る。雲の広がり自体が、吹き出し口の種類や吹き出し量の調節をする。このことをAttentionという。


NNの実体を構成している神経細胞群は、世界に存在して、自分が知っているところの(具体的および抽象的な認知対象)全部のモノに対応する形でそれらに紐づけられている(実際の世界に在っても、自分が知らないものは含まれない)。雲は、あるNNに特有の外部のものに明確に対応している神経細胞だけでなく、それを活性化しているNNの他の細胞、つまり根の分岐に応じて広がっている。他方、代表細胞の反対側に伸びているいくつもの枝葉に繋がっている他の細胞の反応にも応じて、雲が広がっている。つまり、我々の意識は、時々刻々変化する空の雲のようなものである。実際の雲は気象現象として現れる構造体である。しかし、雨や霰や雹を降らせ、雷を起こし、日陰を作る。これらが雲の機能である。しかし、空に意識があるというのではない。雲の浮かんだ空と意識のあるNNとの違いは、信号の有無である。NNの中には、多くの細胞を結ぶ決まった配線があり、その中をインパルスが伝導している。空には、これが欠けている。脳は、世界の構造に対応した特性を持つ信号発生器であり、それが働く(動作する)ことが意識なのである(図Y)。


全ての雲の吹き出し口を止めて、まったく雲の無い青空だけになった状態は、何か? 静かな山奥で、修行を重ねた僧が、座禅を組んで瞑想に入ると、雑念は消え、煩悩は消えていく。この僧のNNの空間には青空が広がっていることであろう。


各章のそこここに、人間はどのように「理解」を進めるかについて、触れてきた。簡単に繰り返すと、ギリシャ・ローマの古典的な宗教や哲学の時代では、理解は質的に行われる。物は下の方向へ移動する性質があるので、下に落ちるのだ。何でもできる性質を有するものを神と定義する。近代以降の科学の時代になると、量的(数的)な理解がなされるようになる。玉が、ある高さから斜面を転がり落ちると、下ではある速度になっている。高さと速度の関係はこれこれだ。その関係が大事なのであって、なぜそうなるかは分らなくてもいいのだ。これが物理学的な理解である。理解するためには、何かを数えるとか、計測器で計るとかをすれば、量(数)と量(数)の間の関係が分かるのだ。そのような量(数)は、その現象が起こっている場の形によって、決まってくる。つまり、ものの構造を捉えて、その枠組みの中で、数量を決めることができるのである。ここに、構造が機能を決める、ということの本質がある。どう構造を捉えて、同定量化するかの問題であり、どのような性質かは問わない。神の構造がはっきりしないときには、神の機能が数式化できないわけである。4次元の時空の中で、時間と空間を定量化することで、重力が性質としてでなく、数量として理解できる。そこで、ニューラルネットという構造体の上に、ベクトルを設定し、その量的な関係を考えれば、理解できるようになるわけである。意識という不思議な性質に捉われてはいけない。存在するのは、ニューラルネットの構造に現れる、数的な変化だけなのである。ニューラルネット内の数的な変動が意識であり、体験的な性質を伴うのは、意識がそのように判断しているからに他ならない。




まとめの図

 
図32. 意識が活動する能舞台

図32: 大脳皮質全体にニューラルネットが無数に存在し、交錯し、結合している。知っているモノのすべては、どれかのニューラルネットで表され、出力細胞で代表される。各認知対象間の関係はネットの接続で表される。各出力ベクトルの一部の要素は、別のネットへの入力の一部となる。それらは、注意(アテンション)の下に、出力を調整され、連携して、クオリアや自我を演じ、時間軸に沿った体験を、航跡のような記憶として残していく。内外の刺激や脳領域の活動、記憶からの要請などの皮質への入力(ベクトル)から注意点が判断される。視床や視床下部からは、本能的なプログラムに基づく信号が発信され、中脳、橋、延髄、脊髄からは、主として反射に基づく信号が発信される。皮質で生成される新しい記憶は、海馬を通して整理され、皮質のニューラルネットに安定的に保存される。辺縁系は、海馬や帯状回など複数の領域の系列で、睡眠周期や記憶整理など皮質全体の活動を制御し、意識の緊張、弛緩に関与する。その他、報酬系、デフォルトモード・ネットワーク、ホルモン作用、体内時計、グリア反応など、多くの神経機構やその補助機構が活動している。


図33. 意識の時間変化

図33. 意識生成を行うNNは、数百億もの神経細胞で構成され、使い切れないほどの入力端子が横に並んでいる。それらの端子の一部を使うことで、多種類の信号群がNNに入力される。ある信号は他の信号と同時に入力され、その出力は統合された判断に至る。判断の結果は、同じかまたは別の領域の入力信号となり、次の判断に至る。このような、出力の入力への帰還が、信号の回転となり、時間の経緯となっていく。構造体の部分的な時間変化があれば、それが、その構造が発揮する機能である。構造体に時間変化が無くても、それに関わる別の物体が変化すれば、それも構造体の持つ機能ということになる。NNは構造であり、その機能は計算である。世界からの信号も脳内からの信号も、その計算器の入力となり、時々刻々の判断という出力結果を出していくのである。









本論考の序章の冒頭に、私は、なぜこれを書くかという理由を述べた。意識という脳の営みが理解できたように思い、それを他人にも分かってもらいたい、と思ったからである。他人に理解できるように、言葉に整理して、文章としてまとめることが、己が理解している証明だと思ったのだ。しかし、長々書いてきて感じたことは、別に他人に理解してもらう必要は無い、ということになってきた。この世には沢山の人が居て、それぞれが色々なことを考え、納得したり、分からないと思ったりしている。結局、それでよいのだ。最終的には、自分が満足できることが重要だ。今、そのための形が頭の中に築かれれば、それがゴールなのだ、と思える自分がいる。

たまたま、夏のこの時期は、原爆についての報道が盛んになる。そこでは、科学の進歩が悪魔の兵器を生むことになってしまったという論調が多い。本論考では、AIが意識を持つことは可能であろうという流れになっている。実際、科学の進歩によって、遠くない将来に、AIは意識を持つことになるであろう。AIの意識は、かつての原爆のように、悪魔の道具となる危険性は無いだろうか?多くの企業や国家組織が依存しているコンピューターシステムの乗っ取りなどに手出しをしないだろうか。犯罪グループの強力過ぎる武器になることは無いだろうか。人の倫理観を歪ませることに繋がらないだろうか。さらに重要なことは、本論では、人の脳の中で固い扉に閉ざされて活動してきたこころというものが、その神秘のベールを剥ぎ取られ、白日の下に晒された形にしたことである。魂は、脳や意識の科学的理解からは締め出されている。こうしたことが、パンドラの箱を開けたという誹りを受けることにならないように、これからの科学技術が理想的に発展することを願っている。




                   2026-8-10

********************************************************

  


私が読んだ本

 

すでに勉強した書籍を挙げておく。これらは、10年前くらいから読み始めたもので、私の考えはこれらの本の内容に多かれ少なかれ影響を受けている。しかし、今から見ると、完全に同じことを言っているというものは見当たらず、やはり、少しは考えも進歩していると感じられる。いずれの本も、大いに参考になったのは確かで、簡単な内容紹介と、一部への寸評を記したが、偏った評価と思われる点もあろうから、直接、読まれることをお勧めする。




「[心はどこまで脳にあるか: 脳科学の最前線]

大谷 悟  ‎ 海鳴社 (2008)

たまたま手に取った、こういう考え方もあるのだ、という一冊。パリのホテルでの体験:朝起きて、更衣をしているときに、何の偶然か、突然頭の中に、ルーマニアの体操選手「コマネチ」が思い浮かんだ。その名前が現れ、彼女が体操演技をする動きが眼に浮かんだ。すると、ほどなく、部屋の外の通りに二、三人が歩いてきて、コマネチの話をしているではないか。この時間順序と視点の共通の重なりに驚愕した。大谷の結論は、意識は何らかの形で空間に広がっているものだ、というものであった。意識は自分の頭の中にだけ生まれるものだと思っているが、実は、頭の中から外へ染み出ていて、外の情報空間に広がり、他人の脳に共鳴を与えることができるようなものだ、というのだ。井筒やラズロの考え方に近いようであるが、外の情報が波として頭に入るというよりは、自分の意識が頭蓋骨を通り抜けて、ある程度の広さの空間に広がっているという感じらしい。私のエピソードと似て、大谷も、一度の体験を重視した報告を本書にまとめている。




[意識をめぐる冒険] 

クリストフ・コッホ Christof Koch   岩波書店 (2014)

  

4つの異なる意識の定義がなされる。
i) 我々の内なる精神生活の等式としての意識
ii) 行動的あるいは活動的な意識
iii) 神経細胞学的意識:cortico-thalamic complex (皮質・視床複合系)
iv) 意識とは何かを感じ取る意識

“どうして (why)”という質問よりも、機械的に“如何に (how)”という質問に答えたい。

哺乳類動物と人間の意識の間には、優劣ではなく、連続的な繋がりがある。

意識に関わる決定的な神経系統を提案した。それは後頭葉にある高次知覚領域と前頭前野のplanning and decision-making regionとの結合である。前頭前野が障害されると、認識、統制、感情そして計画性が失われる。
・自己認識 (Self-consciousness)は認識の一部である。 
毛様体は意識レベルの制御に関与している。
感情は均衡のとれた生活には必要であるが、意識には必須ではない。 
意識に関する脳の領域をさがしたが見つからなかった。 
Speryの脳梁切断患者の知見、Libetの自由意思の実験は重要である。
反射や本能部分は自動的な神経機構で、直接、意識レベルに係わるわけではない。それは ゾンビのようなものである。 状況に応じて調節することがなく、機械仕掛けとまったく同じである。
意識に直結しているのは、皮質神経である。注意を喚起し覚醒した行動を制御するのは、 前頭前野であり、より自動的で無意識的な行動は、大脳基底核や小脳の司るところとなる。

G.Tononiの情報統合理論の解説がある。様々な意識要素をどれだけ合わせ持った意識かを定量的に考察しようとする。合計した情報量をΦと呼ぶ。それは、多次元(ポリトープ)空間の要素を持つ。コッホは、これをクリスタルと呼ぶことを提唱。宇宙から人の脳まで、すべての物にΦが測定できるはず。動物の進化に応じてΦは大きくなっているはず。




[自己が心にやってくる]

アントニオ・ダマシオ Antonio Damacio   早川書房(2013年)

 

脳で、神経細胞がネットワーク系を構成して、世界の事物の代理役を務める。このようなネットワーク系全体が引き起こす活動パターンが、客観的に感じる自己の「心」である。このパターンによって、脳は、自身と外部世界との関係をマッピングし、客観的な自己を作る。また、自分が頭の中でやる作業を、パターンとして表象し、記憶・処理する。これが、主観的な観察をする心である。そしてその活動の様子は、イメージとして体験される。自己は外世界の目撃者となり、また、自己の内世界を目撃する主人公となる。こうした状態は言語によって表現できる。意識は、脳幹レベルで生じる自己存在感として、また、自己と外界との関係によって中核自己として、さらに、時間の流れの中で、言語的に表現できる自己意識として作られる。三つの自己は、相互に再帰的に関わり合い、皮質レベルでは一つに融合する。痛みや快楽などの感情は、生存に適切な行動をするためのものであり、情動は、身体反応に変換されて、それを意識的に読み取るフィードバックにより、感情や意識が強化される。

  どの考えもすこぶる妥当なもので、私には素直に飲み込みやすい。今から見ると、私は、個人的なエピソードや仮説、それに著者の執筆以降に行われた新しい(AIを含む)研究結果を追加して、上記の概念をより強化したようなものである





[進化の意外な順序]

アントニオ・ダマシオ Antonio Damacio   白揚社 (2019)


神経系を含めて生体の全体を生きさせようとする力(ホメオスタシス)が、生物が意識を作り出した基本的な要因である。健康な脳を維持するために、身体の状態は健全でなければならない。身体を維持するには、体内の全ての条件が最適なレベルに安定的に維持されなければならない。この安定性を維持しようとする仕組みがホメオスタシスである。ホメオスタシス機構が進化して、その結果、意識が作られるようになった。




[意識はいつ生まれるのか  脳の謎に挑む統合情報理論]

 
ジュリオ・トノーニ, マルチェッロ・マッスィミーニ
  eBook : Kindleストア  亜紀書房 (‏2015)

Giulio Tononi

  

意識の問題において、科学的な解明が進まないのは、他の物理や化学で示されるような、定量的な理論展開ができないことである。そこで、意識の量を定義するところから理論を創り上げる。意識を構成する基本的な情報を情報理論に基づいて考察する。その情報量の多少によって、意識のレベルやクオリアを定量化する。さらに、意識のハードプロブレムを、主観、客観という分け方で考えるのではなく、意識全体をこれまでにない公理系に移し、その中で、主観と客観が霧散するように公理化する。これによって、ハードプロブレムを回避する。




[AIに意識は生まれるか]

金井良太 佐藤喬    イースト・プレス: ‎ 2023/10/18 

脳の中で意識が働き始めるという反応が起きたとき、神経細胞にどのような活動のパターンが現れるかを、f-MRI装置で捉えようとした。しかし、その試みは、あまりはっきりした結果をもたらさなかった。変化分が小さく、一定の反応にならなかった。
MRIでクオリアに対応する領域を特定しようとした。しかし、
困難があった。-ーー 繰り返し刺激において、第一の刺激とニューロンの発火が相関しないことがある。

現代技術の王道を走る挑戦であるように見えるが、十分な成功とはならなかった。現在は、AI製作会社(アラヤ)の社長となり、AI研究の側から意識の問題に挑戦している。トノーニの統合情報理論を支持しており、その解説も、分かりやすい。

それによれば、Top down情報と、Bottom up情報の誤差を最小にする作用が意識である、と定義する。Healing gridの実験から2つの情報の差とは何かが理解できる。物理系では、ポテンシャル・エネルギー最小の位置で状態は安定化する、という法則があるが、それと似ている。
Healing grid:
  周辺では格子模様に切れ目(ずれ)がある格子模様のこと。中央の✖をじっと見ていると、最初は周辺視野に写る格子がずれているが、20秒も見ていると、周辺の格子も整って見える。 周辺視は、見えているだけで、特別注意しなければ、把握されないという説もある(意識から消える?)。周辺からの信号は弱いのは確か。

Top down が作り出すフィクション。
  脳は、Bottom up刺激を解析。それを解釈するのがTop downの脳機能、
初めは周辺の格子が崩れている。これは bottom up。この信号はすぐに弱くなり、top down に乗っ取られることになる。
中心領域の整いから、全体が整っているという context ができて、修正してしまう。
このような Healing 現象はいつも起きている。

Fliston (UCL London):自由エネルギー原理を提唱。
  予測と検証のずれ  知覚や行動はこれを最小化する。

金井は、研究課題が行き詰まると、他の課題に飛び移り、0から再スタートすることを厭わない勇気ある冒険者である。


        

Warning: Undefined variable $aria_req in /home/cw0008/re-ageing.jp/public_html/wp-content/themes/tswp/comments.php on line 16



 
一覧へ戻る
© 老レ成 AGELIVE. All Rights Reserved.