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【書評】 森下直貴 『システム倫理学的思考』: 常葉大学 久保田 進一
活動の実績 | 2020.12.16

森下直貴『システム倫理学的思考』の書評

常葉大学 非常勤講師

  久保田 進一


 初めて、この本を手にした時、私は驚いたのである。というのも、出版社が幻冬舎だったからだ。幻冬舎といえば、郷ひろみの『ダディ』というイメージが最初に浮かんだ。それゆえ、幻冬舎はエンターテイメントな本を手がけている出版社なので、とても学術的な本を出すような出版社ではないと先入観を持っていた。そういう次第で、驚きがあり、本書はどういう人を対象にして出版したんだろうかと不思議にも思った。もしかして、この本はエンターテイメントとして書かれた本なのかともいささか思ったが、タイトルは『システム倫理学的思考』ということもあり、恐る恐るページを開けてみたのだ。まずは目次を見て、エンターテイメントの本ではないと確認して、ようやく安心感を覚えたのであった。ただ、少し残念な気もした。

 さて、本書は今後の21世紀に向けての倫理学のあり方を提案したものである。21世紀に入り、われわれは社会が大きく変化しているのを実感しているだろう。インターネットを始め、AI(人工知能)やロボットの導入によって、生活は大きく変わっているのである。たかだか数十年前の昭和の時代には、考えられなかったことが起きているのである。(サザエさんの世界は昭和のままであり、黒電話に家具調テレビという現代では見かけない設定になっているが)まさに、デジタル化の波が社会を変えているのである。

 そのような社会の変化に対して、本書は、この数年間、著者が考え抜いて辿り着いた思考の成果でもある。ただ、著者が「あとがき」で「講義・講演や論文・著書はしばしば「難しい」と評された」と述べているように、内容は一般の人には難しいかもしれない。しかし、ポイントを押さえておけば、著者の言いたい「システム倫理学の思考」はわかってもらえるのではないだろうか。

 まず、第一点は、コミュニケーションをシステム倫理学の基盤にしていることである。このコミュニケーションは通常の意味する言葉や身振りなどだけではなく、「何か」のやり取りがされていれば、コミュニケーションと言えるということである。それは、物体同士も電子エネルギーをやり取りするし、細胞同士も生体分子をやり取りするということから、著者はコミュニケーションと考えている。

 第二点は、人を「四次元のコミュニケーションシステムの統合体」としてとらえる視点であり、これがシステム倫理学を支える礎石ということである。この統合体とは人のことであるが、構造化には四つの次元があるとのことである。すなわち、「自己言及」の働きによって「理性」「知能」「本能」といった三つの働きを統御しているとのことである。

 第三点は、人間の意味の世界が「四次元相関」によって構成されている限り、四次元の相関として「再構成」できるという見地とのことである。この「四次元相関」としての「再構成」は、しばしば四つの枠の図によって本書でも示されている。

 第四点は、「四次元相関」の思考法とのことである。システム倫理学は普遍的な理論だが、それと同時に、特殊な現実を分析する有効なツールでもあり、これを可能にしたのが「四次元相関」の思考法とのことである。

 これらの四つの点を前提として、読み進めていけば、著者の述べたいシステム倫理学が理解できるだろう。そして、このシステム倫理学が思い描くのは、人々が「対立しながらも、違いを認めてつながり合う」世界ということを著者は望んでいることが伝わってくるだろう。ただ、いまや多様性の世界と言っても、実際にはつながり合うところまではなかなか行けず、対立したまま、お互いの意見は聞こうとしない分断の時代になっているという場面も見られる。いわゆる、他人のことはどうでもよく、「自分ファースト」という自己中心的な考え方が広まっているのも現実であり、国際社会などは自国を有利にしようとするエゴの押しつけ合いになっている。そのような現実に対して、著者の思いはどこまで届くのか心配にはなるが、期待したいところもある。

 では、本書の内容を見てみよう。まず、第1章では、対面的コミュニケーションが取り上げられ、その内部に四次元相関の論理が貫かれていることが示されている。第2章では、「人」を扱うのであるが、その「人」を四次元システム統合体として捉えようとするのである。すなわち、「人とは何か」という考察は倫理学にとっては不可欠な問いなのである。第3章と第4章では、<四次元相関>の思考法によって人間の意味の世界、つまり倫理の世界を再構成する試みである。第5章では、<四次元相関>の思考法をもちいて、対立状況をどのように移動させるのかを具体的に示すのである。著者はこの章がシステム倫理学の方法の全貌を描いた本書の頂点であるとしている。第6章では、前章で提示した方法を具体例に応用するとのことで、「代理母出産」と「安楽死」を取り上げている。第7章と第8章では、<四次元相関>の思考法を「幸福」に適用し、QOL概念に絞ってその再構成を試みている。そして、「幸せ意識」を四次元相関図に表し、「幸せ」についての分析を行っているのである。第9章では、第2章の「人」の捉え方を動物やAI(人工知能)やロボットとの比較に適用し、異質なシステム同士の「競合的共生」の可能性を探るとのことである。終章では、今後のデジタル時代の全体を<四次元相関>の思考法に基づいて分析し、21世紀の課題を明確にした上で、システム倫理学の幅広い応用を展望している。

 以上のように、本書は著者の言う「システム倫理学」の<四次元相関>の思考法を説明し、その根拠を明確にしたものである。さらに、その思考法を倫理的問題に適用して、その問題における論点を炙り出し、最終的には著者が目論んでいる「対立しながらも、違いを認めてつながり合う」世界を目指そうという志の成果でもある。

 さて、著者はこのシステム倫理学の四次元相関の思考法をどのように思い至ったのかといえば、様々な哲学者の影響があることが見られる。著者のこれまでの研究を振り返れば、カント哲学を始め和辻倫理学の影響は言うまでもない。さらに、「あとがき」に見られるように、ホッブズ、スミス、ヘーゲル、ジンメル、デュルケーム、ベルクソン、パーソンズ、ハーバーマス、西田幾多郎などの理論を学び直したということである。そして、そのなかでも刺激を受けたのが、ルーマンの理論とのことである。ただ、ルーマンの理論には納得できない部分があったということで、独自の理論を目指すことになったということである。それが、この「システム倫理学」という著者の考え方なのである。

 今後、この「システム倫理学」はどのように展開されていくのか、興味深いものである。はたして、21世紀のデジタル社会にうまく適用できるのであろうか。それとも、適用できずに終わってしまうのであろうか。さらに、新たにバージョンアップされていくものになるのであろうか。いずれにしても、今後の森下倫理学の柱になることは間違いないだろう。

 本書は、先述したように一般の人には難しい内容であるかもしれないが、四つの前提を理解しながら読み進めていけば、なんとか理解できるはずである。なによりも、郷ひろみの『ダディ』を出版した幻冬舎から出ていることから、読者対象は専門家というよりも一般向けであることがわかるだろう。また、著者も哲学専門外の人たちにも広く知ってもらいたいと「あとがき」で述べているように、著者の熱い思いも伝わってくるだろう。

 
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