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老成学研究所 > 時代への提言 > 「海へのLINE」シリーズ > 【海へのLINE】シリーズ: ③ 「釣り場の風景 〜人との出会い〜」 NIFS雑魚釣り隊 磯部光孝
『海へのLINE』シリーズ
《第3回》
釣り場の風景
〜人との出会い〜
NIFS雑魚釣り隊
磯部光孝
海で釣りをしていると様々な人と出会う。
そこにいるのは、必ずしも釣り人だけではなくて、
ただ海を眺めに来る人、観光の途中に立ち寄る人、ジョギングや散歩を楽しむ人など。
その目的は人それぞれである。
街中において初めて会う人と言葉を交わすことはまず無いが、
自然に身を委ねた釣り場では、様々な会話が交わされる。
お喋りを目的に釣り場を巡回する元気なお爺さんがいらっしゃる。
どこの釣り場にも大抵いらっしゃるのではないだろうか。
この方、釣りはしない。
釣り人を次から次へと捕まえては話しかけ、
「さっきあっちでマゴチが釣れとった。」(いったいどの辺りよ、釣り方は?)、とか、
「先日、俺の友達がヒラメを釣ってきた。」(いったいいつの話なの?、どこで?)、とか、
「この時期セイゴが釣れなきゃいかんのだけどな。」(別に、釣れなきゃいかんことはないでしょ、そもそも毎回釣れるものじゃないし。)、とか、
こちらの都合に関係なく話をぶっ込こんでくる。
巡回お爺さんの話は、お喋りとしては楽しい一方で、具体的な話がほぼ伴っていなくて、情報としてはかなり柔らかく、多くの場合有用ではない。が、それは余計な話というものであろう。
巡回お爺さんの情報提供は、短時間で終わらないケースが多いが、ご本人はどこ吹く風なのが面白い。
サーフでは、観光途中に立ち寄った方に しばしば声をかけられる。
多くの場合、家族連れであり、これ、福井県敦賀市の気比の松原サーフで特に顕著である。
気比の松原は、誰が決めたか知らないが日本三大松原の一つに数えられ、また、日本の遊歩百選にも選ばれており、東海地方や関西からの観光客の多くが足を止める場所である。
気比とは、北陸道総鎮守であって、越前国一之宮の気比神宮からきている。その発音からは、何となく京風の匂いを感じる。
気比の松原サーフで釣りをしていると、「ここでは、何が釣れるのですか?」とよく聞かれ、毎回、回答に苦しむ。
サゴシ(鰆の子)なんだけど、サカナの名前を聞いて分かるのかな?、とか、諸々が頭を駆け巡り、そこそこ厄介な時間となる。
が、時に、皆さんがいる前でサゴシが釣れてしまうことがあって、そんな場合には、「ワーッ」って喜んでいただけて、嬉しくも恥ずかしい気持ちに包まれる。
今夏、三重県四日市市南部の楠サーフで、サーフ後方の堤防に腰掛けて 伊勢湾を眺めているご夫婦と出会った。
楠は、ハマグリ養殖が盛んな土地である。かつて楠町であったが、平成の大合併で四日市市に編入された。
サーフでは 既にたくさんのルアーマンがロッドを振っている。
婦人が、ロッドとタックルを持ってサーフに降りようとする私を捕まえ、「皆さんここで何を釣っているのでしょう?」と聞いてきた。
私は、先を急いでいたので、「マゴチですね」、とだけ答え、そそくさと階段を降り、そのご夫婦の目の前でサーフインした。すると、なんと1投目でマゴチが釣れてしまい、嬉しくなって 堤防上に腰掛けるご夫婦に向かって、フィッシュグリップで下顎をガシッと掴んだマゴチを高く突き上げた。
大変喜んで下さった表情が今も記憶に残る。
冬になると 木曽三川の揖斐川河口部では、寒ボラ釣りが人気であり、地元の寒ボラ師のおじさん達で賑わう。
ボラは、「うに」、「このわた」と並ぶ日本三大珍味の一つとして数えられる「からすみ」の親である。ボラは、近海魚であって、出世魚であり、即ち、昔から日本人には馴染みの深い魚である。
伊勢湾奥のボラは、夏には臭いがキツいことがあるが、冬期においては臭いもなく脂がのって鯛にも負けない美味とのこと。
ある日、私が揖斐川河口でルアーを投げていると、長さ7、8 mはあろうかという長い釣り竿をもったお爺さんが直ぐ近くに入ってきた。正直、もっと距離を取って入ってよ、と思ったが、この方、地元の常連ボラ師で、その迫力に押され何も言えない。
このお爺さんの仕掛けが面白い。エサを使わずに、ラインの先には、大きな3本針とともに赤色の七夕飾りの吹き流しのようなものが付いているだけである。ルアーの一種と言えるだろう。これを水中に投入し、ゴソゴソやっていると、直ぐに大きな寒ボラが釣れた。
因みに、ボラは冬になると目に脂が溜まり、白く濁る結果、視力が落ちると言われている。で、真っ赤で目立つ仕掛けでゴソゴソとアピールするのが良いらしい。
すると、お爺さんは、私を捕まえ、「ウチの冷蔵庫はボラで一杯だ、持っていくか?」と言う。食べないなら釣りに来なければ良いのに、と思ったが、釣りは毎日のルーチンであって、日々の楽しみなんだろうと思うと、余計な話である。
このお爺さんに限らず、寒ボラ師は、ランディングに網を使わない。ボラがヒットすると、皆さんごぼう抜きする。ボラは、滞空時間の長い大きな弧を描き、後方の堤防上にドスンと強制ランディングさせられる。
釣ったサカナを美味しくいただくために、釣り場では、釣れたらその場で直ぐに血抜きが行われる。この血抜き作業を、「締める」と言う。
ここでの締め方はやや乱暴だ。
ボラの頭をコンクリートに押さえつけ、お腹をグイッと持ち上げ首をへし折る。屋久島に行ったことがある人は、彼の地の名物、首折れサバをご存じだろう。あんな感じでボラを締める。
そのうち、私は堤防の上にてボラから針を外す担当みたいになってしまい、何をしに揖斐川河口に来たのかよく分からない状態になった。
このお爺さん、ボラを釣っては、もらってくれる人を探し、何匹か釣ったら手ぶらで帰っていった。
また、お会いしたいお一人である。
釣り場での人との出会いは、ほとんどのケースにおいて、その場限りの一期一会のお付き合いであるが、希に、何度も繰り返しお会いする人もいる。
今年の春に愛知県知多半島の新舞子マリンパークでそこそこ大きなマゴチを釣った時のこと。釣れた直後に、二名の男性が近寄ってきた。お二人ともルアーフィッシングを始めて間もない方で、ルアーでまだ魚が釣れたことがない と言う。
お一人は、「一連の動作を真似たいので、釣り方を横で見させてもらって良いか?」とおっしゃる。特段断る理由もない。不肖未熟の私が、突然 師として祭り上げられ、なんちゃってマゴチ釣り講習会が始まることとなった。
右斜め後ろからの強い視線を感じながら、何投かやっていると 突然ドスンと強いバイトがあった。ただ、この時は、残念ながらフッキングには至らなかった。
すると、「隣でやらせて下さい。」とおっしゃるではないか。その後、暫くの間、二人並んでキャストするという珍しい経験をさせていただくこととなった。
もう一名は、若者であって、ワームと呼ばれる虫エサを模したソフトルアーを好む。赤金色のワーム以外を投げているところを見たことがないので、ここでは赤金君と呼ばせてもらう。赤金君は、話し言葉から判断するに東海地方の出身者ではない。就職で地方から愛知県に出てきたのかな、と勝手に推測している。
「ルアーは何を使っていますか?」、「タックスボックスの中を見せてくれませんか?」と言う。喜んで、とタックルボックスを開け、暫くの間、ルアーのお披露目会、そして釣り談義が続いた。
質問をいただくことは、やはり嬉しいことであって、この時、自分が持っている知識・経験の全てを赤金君にお伝えした。
で、後日の新舞子マリンパークでのこと。
大きなヒラメをぶら下げて私の方に向かって歩いてくる若者がいた。よく見ると、赤金君ではないか。ヒラメを手に報告に来てくれた。ルアーは、いつもの赤金のワームである。
釣りとは不安・疑念との戦いであって、自分が使っているルアーを信用しきれないルアーマンは、頻繁にルアーをチェンジ交換する。
赤金のワーム1本に絞り、しっかりと釣果を出した赤金君に釣り人としての矜持を見たような気がした。
殊勲のヒラメを前にし、二人で大いに喜んだ。
このお二人とは、その後も私が新舞子マリンパークに行くと、かなりの確率でお会いする。私が防波堤をボケッと歩いていると、見つけて声をかけて下さることも。
お互い名前を知らなくて、また、スマホで簡単に人と繋がることができる時代にお互い一度たりとも連絡先を聞こうともしないのは ちょっと不思議に思うが、これが 釣り場で知り合った人との程よい距離感なのかな、と理解している。
(編集: 前澤 祐貴子)
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