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【寄稿D】❹ アルツハイマー病の新たな展開 筒井祥博
交流の広場 | 2021.12.21

©︎Y.Maezawa

アルツハイマー病の新たな展開


神経病理学 

筒井祥博


昨年(2020年)  NHK BSで「大切な記憶は何ですか? アルツハイマー病と闘う」という番組を見た。

©︎Y.Maezawa

UCLAのデール・ブレデセン博士のアルツハイマー病の新しい疾病発生論とそれに基づく革新的治療法「リコード」が発表され、これは「アルツハイマー病:真実と終焉」として翻訳されていることを知った (1)。

彼によれば、今までの「アミロイド仮説」に基づいて特効薬を探す試みは何の成果も上がらず間違っていた、病気の原因とされたアミロイドは、原因でなく結果であると主張した。

彼によれば、アルツハイマー病は早期であれば回復させることができることを世界で初めて臨床的に示したという。

もしかしたら アルツハイマー病は乗り越えられる時代に入ったのかも知れない。

©︎Y.Maezawa


始めに 私が認識しているアルツハイマー病の概念について、

そして 現在世界的に容認されてきたこの病気の発症メカニズム「アミロイド仮説」について述べ、

それに対して ブレデセン博士の新たなアルツハイマー病の発症に関する考え方と、

それに基づく治療について 分かる範囲で簡単に説明し、

最後に 私の感想を述べたい。

©︎Y.Maezawa


アルツハイマー病の病気としての特徴


「認知症」の約60%がアルツハイマー病とされている、記憶力低下を伴ういくつもの疾患の代表的な疾患である(2)。認知機能低下をきたす病態の中には、硬膜下血腫、正常圧水頭症などのように認知機能が低下することもあるが回復可能な疾患もあるし、脳血管性認知症のように脳梗塞などに引き続いて神経細胞が障害される認知症は約20%と比較的多い。しかし、脳梗塞や脳出血で必ずしも認知機能が低下するとは限らない。アルツハイマー病を代表として、レビー小体型認知症、前頭側頭型認知症のように神経変性疾患と呼ばれている認知症は、原因不明な神経細胞の消失によって起こる認知症で根本的な治療不可能とされてきた。


アルツハイマー病の特徴は、一般の病気と異なり、痛い、苦しい、だるいといった症状がない。中核的な症状として記憶障害、判断力低下、見たり聞いたりしても内容が理解できなくなる。これらの症状が一度にでてくるわけではないが、治療することは困難である。これに対して妄想や徘徊などの症状は周辺症状と言って、患者を適切な状態にすれば一時的には治療可能である。アルツハイマー病は人が人としての最も大切な自己としての記憶と自覚が失われていくという点で最も深刻な疾患であると言える。一般的には高齢になるほどアルツハイマー病になる確率が高まり、高齢化が最もつよい危険因子である。従って、超高齢化社会において深刻な疾患であり、日本では約300万人がアルツハイマー病かその前段階にあるとみなされている(2)。


アルツハイマー病の病理および臨床像


1900年代の初頭ドイツの精神科医アロイス・アルツハイマーが進行性に記憶障害と妄想を主訴とする女性の症例を発表し、1911年にこの患者の病理解剖の結果が報告された。その特徴は脳で神経細胞の消失を伴う脳の萎縮、神経細胞外に老人斑という沈着物、そして神経原線維変化と称する神経細胞の変化の3つの特徴を有する。これによって「アルツハイマー病」と認定された。老人斑がアミロイドβと称する物質からなることが、70年後の1984年に明らかになった (3)。


この病気の臨床的特徴の筆頭は記憶障害であり、さらに今何時か今何処か分からない見当識障害、行動が正しく行えない(失行)、感覚から情報を得てもその内容が分からない(失認)などである。これらの症状は同時に起こるわけではなく、その進行も人によって異なる。本格的にアルツハイマー病が発症する前に健忘型軽度認知障害 (aMCI)、あるいは主観的認知障害 (SCI)と言われる前段階がある (1)。


認知症の中でアルツハイマー病と診断するためにはその臨床症状の特徴から推測できるが、確定診断はPET(陽電子放出断層撮影)の脳画像検査によるアミロイドβの脳への沈着、髄液での検出である。どちらも胃癌の内視鏡検査のように簡単にスクリーニングできない。最終的な確定診断は患者が亡くなって脳を病理解剖して、上記のアミロイド斑、神経原線維変化、脳の萎縮を確認することである。


私はある老人介護保健施設でCT・MRIで脳画像を見る機会があるが、アルツハイマー病と考えられる認知機能低下が強い高齢者は、前頭葉・側頭葉の脳回が萎縮し、硬膜から開離している。すなわち脳の特有な萎縮が特徴的であり、PETや髄液のアミロイドβを測定しなくてもかなりの確率でアルツハイマー病を診断できるのではないかと考える。


アミロイド仮説

©︎Y.Maezawa


アルツハイマー病の脳には老人斑(プラーク)の出現が特徴的であるが、そのプラークからアミロイドβが分離され、さらにアミロイドβはその前段階の大きな蛋白APP(アミロイド前駆蛋白)が2つのセクレターゼで酵素的に切断されて生じることが明らかにされた。アミロイドプラークがアミロイドβの凝集からできていることが明らかになった (3)。


アルツハイマー病が生ずる原因はアミロイドβの脳内での凝集・沈着することであり、その結果、神経細胞とシナプスが消失することによって脳は萎縮する。そして認知機能をはじめとする高次脳機能が低下することによって生ずる疾患であると考えられた。

かくしてアルツハイナー病の『アミロイド仮説』が成立した (3)。病理学的にもうひとつの特徴である神経原線維変化のタウ蛋白は神経細胞をおかすが、アミロイドβの過剰によってその産生が助長されると考えられている。このアミロイド仮説はアルツハイマー病の脳の病変と呼応した機能低下をみごとに説明することができた。


従って、アミロイドβは治療の目標になり、これを脳内から除去することがこの病気の治療の目標であると考えられた。この20年多くの研究者、製薬会社がアミロイド仮説のもとに治療薬の開発に全力を傾けてきた。アミロイドβの脳内での産生を抑え、排出を促進させる薬剤の開発がアルツハイマー病のマウスの動物実験モデルを用いて試みられてきた。効果のあった薬剤は、人の患者で臨床試験が試みられてきた。しかし、どの薬剤も人のアルツハイマー病にはほとんど効かないことが明らかになってきた。


アミロイド仮説を支持する研究者の中には、開発された薬剤が効かなかった理由として、投与する時期が遅すぎたのではないかと考えた。アミロイドβの脳内への蓄積は、PETを使った検査で、アルツハイマー病の症状が出現する数十年前から始まっていることが明らかになっていた(4)。従ってもっと早い時期から薬剤を投与すべきであると考えたが、誰がアルツハイマー病になるか分からないので、膨大な人に投与することは不可能である。認知機能が正常であった高齢者の脳の解剖の結果、アミロイドプラークが見られるケースがしばしばある。これに対してアミロイド仮説では、これらの人はアルツハイマー病になってゆく途上にあると考えた。しかし、「アミロイド仮説」ばかりに固執していると、この重大な疾患の治療に希望が持てない可能性があり、もっと広い視野からこの疾患の発生と治療を考える必要があると考える研究者が現れてきた (3)。

©︎Y.Maezawa


アルツハイマー病の新たな見解


最初に紹介したUCLAのデール・ブレデセン博士は、その著書の中で、「アミロイドβはアルツハイマー病の原因ではなく結果である」と述べている (1)。彼らはアルツハイマー病が結果としてアミロイドβの蓄積によって神経細胞やシナプスの消失につながる疾患であることは認めている。しかし、アミロイドβの前駆蛋白であるAPPに注目して、アミロイドβが生じにくい切断のされ方があることを示した。その切断産物神経細胞やシナプスの保護・育成にはたらくという。若い時はシナプスを形成・維持し、年をとるとこのはたらきを保つ情報が減少する。「通常では、脳神経系の保護・成育と、細胞死・萎縮がうまくバランスがとられているのに対し、アルツハイマー病の脳ではこのバランスが脳神経細胞やシナプスを破壊し、脳を萎縮させる方向に傾いている」という (1)。


ブレデセンらは、APPに影響を与えてアルツハイマー病を引き起こす36の穴(要因)を特定したという (1)。すなわちAPPを切断してアミロイドβが生じる酵素の発現に関わる要因が多くあり、またAPPを神経系の保護・育成に関わる方に関わる酵素の発現も多くの要因があるであろう。ブレデセンらはアミロイドβが生じる前の段階に注目した。彼らによれば、今までアミロイドβだけに注目して、それの産生を阻止し排除するひとつの薬剤でアルツハイマー病を治療しようとする考えが間違っていた。多くの要因によってアミロイドβが生じるので、その段階に注目すべきであったと言う。


アミロイドβはアルツハイマー病の悪玉になっているが、もともと脳への傷害の刺激に対する防御反応として生ずることは、特に脳の慢性炎症をアルツハイマー病の起因として重視する研究者がでてきている (5)。脳の炎症でたらくのがミクログリアという脳の免疫細胞である。活性化したミクログリアは脳を守る側にも脳を障害する側にもはたらく両刃の剣である。ミクログリアを如何に制御できるかが今後の課題のひとつである。


ブレデセン博士も重視しているように、アルツハイマー病の発症に関わる最も強力な遺伝子危険因子APOEが知られている 。APOE4に変異した遺伝子を両方の親から受け継いだ人は50代でアルツハイマー病が発症するリスクが高く、片方の親から受け継いだ人は60代、APOE4変異を受け継いでいない人は70代以降までリスクが延びる傾向があるという(1)。APOE遺伝子はもともと数十万年から数百万年前の人類の祖先では感染や炎症を防御する遺伝子としてはたらいていたと言う (6)。


ブレデセン博士が提唱するアルツハイマー病の予防と治療

©︎Y.Maezawa


ブレデセンはアルツハイマー病の誘因になりうる36の危険因子を挙げ、1)炎症に関わるもの、2) 栄養素などの欠乏に関わるもの、3)食品中への毒素への曝露に関わるものに分類して考え、それぞれのタイプのアルツハイマー病に対して治療法を考案し、リコード法(ReCODE)(Reversal Cognitive Decline)と名付けた (1)。


 2014年に彼らの最初の試みとして、軽度認知障害 (MCI)、主観的認知障害 (SCI)、早期アルツハイマー病の患者10名に包括的な代謝的強化療法を数ヶ月行い、仕事が困難になった人が職場復帰の傾向を示し (7)、2016年には定量的MRI、神経生理学的テストで客観的に機能回復の傾向を示した。ブレデセンらはこの包括的代謝強化療法を患者個人個人に対応させて行うことによって、初めて認知機能を回復させることができたと述べている。


症例数が少なく観察期間が短いので確定的なことは言えないが、アルツハイマー病の治療に対して今までにない発想で行われた新たな展望である。その後彼らは、アルツハイマー病は脳だけの病気ではなく、全身性のネットワークの異常で、それはストレスとホメオスターシス(恒常性)の障害であると考えた。この状態は慢性炎症状態、感染、血管障害、頭蓋内トラウマ、環境毒性物質、免疫障害など多くの内因性および外因性要因によって起こると考えている (8)。従ってその治療に脳だけでなく全身を視野においた総合的対策が必要である。

©︎Y.Maezawa


考察


アルツハイマー病の「アミロイド仮説」は脳の病変から抽出したペプチドであるアミロイドβを根拠として、神経細胞の変性・消失、脳の萎縮とそれに伴う脳機能の低下を見事に説明している (3)。遺伝子因子と環境因子が関わる異常をこのようにすっきりと説明できる疾患は少ない。アミロイドβを標的とした治療はアルツハイマー病のマウスの動物実験で試みられ、効果を挙げてきた。しかし、それらの薬剤を用いて人を使った臨床試験でことごとく失敗に終わった(3)。多くの研究者の徒労と製薬企業が膨大な開発費を無に帰したことは驚きである。


マウスと人とどこが違うのであろうか。人はマウスより脳の高次機能が発達している。ひとたびアミロイドβにおかされた高次機能をつかさどる神経細胞およびそのネットワークは回復不可能なのであろうか。人のアルツハイマー病におけるアミロイドβの凝集・蓄積は臨床症状の出現するずっと前から起こっているので、薬剤を投与する時期とアルツハイマー病の発症の時期のタイミングが合っていないと指摘する研究者もいる。マウスは寿命が短いので全プロセスをカバーして投与することが可能性である。


ブレデセン博士の「アルツハイマー病の発症にとってアミロイドβは結果であって原因ではない」という指摘は驚きであるが妥当であると感じる。アミロイド前駆蛋白 (APP)の切断のされ方によって、アミロイドβを含め傷害性のペプチドが産生されアルツハイマー病に傾き、一方、異なる切れ方によって神経ネットワークの保護・維持に傾く、とブレデセンは考えその証拠を示してきたと言う。彼らはAPPの切断をアルツハイマー病に傾ける要因を36挙げたが、沢山あるという意味であろう。これらを炎症、栄養素欠損、毒性物質に分類した。予防と治療について個人個人に特有な欠陥(穴)を見つけ、包括的、個別的に欠陥の穴を塞いでいく以外にないと言う。


ブレデセン博士の「リコード法」は膨大な検査をしなければならないので、一気にはできない。長いスパーンでシステマチックに検査して欠陥を見つけて総合的に予防・治療して行く以外にないように思う。今後の臨床的研究でリコード法は改良されていくであろう。生活習慣病を予防する対策に似ている。若い時から健康診断の一環として組織的に実行するシステムが必要であろう。なぜならアルツハイマー病は病気が発症する数十年前から始まることが分かっている。

©︎Y.Maezawa

私はある老人介護保健施設で入所者の電子カルテを見ているが、先に書いたように特有な脳の萎縮の像と認知機能の低下からアルツハイマー病の脳を診断することが可能ではないかと考えている。それらの患者に、糖尿病、甲状腺機能低下などが合併していることが多い。少なくともこれらはブレデセンの言うアルツハイマー病を引き起こす要因の一部であると考えられる。 


ブレデセン博士が言うようにアルツハイマー病の治療はアミロイド仮説に基づいて目指して来たひとつの薬剤で治療することは不可能である。幾つもの要因によってアルツハイマー病になり、このような予防・治療をすり抜けてひとたび脳にアミロイドβが蓄積し始めれば、今まで分かっている「アミロイド仮説」の筋書き通りに、神経細胞とシナプスを含むネットワークは消失し、脳は萎縮していく。従って、アルツハイマー病の終末は同じパターンに収束していく疾患である。そのプロセスが始まらないように、それぞれの人の生涯のできるだけ早い時期から介入する必要のある疾患である。

©︎Y.Maezawa


参考資料】

1) デール・ブレデセン『アルツハイマー病  真実と終焉』(白澤卓二訳監修、山口茜訳、ソシム、2018).

2) 認知症政策の総合的な推進について(厚生労働省老健局)令和元年6月.

3) Simon Makin “The amyloid hypothesis on trial” Nature 559:26 July, 2018 (s4-s7).

4)  Sperling RA et al. “Toward defining the preclinical stages of Alzheimer’s disease” Alzheimer’s & Dementia 7: 280-292, 2011.

5) Alison Abbott “The Brain Inflamed” Nature 26 April 426:427-428, 2018

6) Pagan Kennedy “An ancient cure for Alzheimer’s” New York Times July 17, 2017.

7) Bredesen DE “Reversal of cognitive decline: A novel therapeutic program” AGING 6 (9): 707-717, 2014.

8) Kurakin A and Bredesen DE “Alzhaimer’s disease as a systems network disorder: chronic stress/dyshomeostasis, innate immunity, and genetics” AGING 12: 17815-17844, 2020.

(編集:前澤 祐貴子)


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