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老成学研究所 > 初代所長 森下直貴 作品群(2018 09〜2022 12) > 老成学事始 > 【老成学事始】 Ⅸ D.キャラハンの延命治療論に関連して「役に立つこと」の意味を転換する 森下直貴
「役に立つこと」の意味を転換するための
〈コミュニケーションの思想〉
と
〈世代の思想〉
老成学の二本柱の意義を解き明かす
森下 直貴
* 当作品のレイアウトは著者自身によるものです。
また、使用した写真は著者が撮影したものであり、へースティングスセンターより掲載の許可を得ております。
はじめに
老成学のビジョンを明確にすること。その一念から書き始めた「老成学事始」はすでに8回を数えるが、その模索もどうやら終わりを迎えたようだ。というのも、老成学の二本柱となるべき思想をようやくこの手で掴むことができたからだ。それが〈コミュニケーションの思想〉とそこから展開される〈世代の思想〉である。
前者については拙著『システム倫理学的思考』で詳述しているし、後者に関しても老成学事始Ⅷの中で思想対立を超える観点から説明してはいる。しかし、老成学にとってそれらの持つ意義はいまだ十分に語り尽くされていない。
そこで今回、老人に対する延命治療の制限を唱えたキャラハンの『老いの医療』を導きの糸としながら、拙著『新版「生きるに値しない命」とは誰のことか』で論じた安楽死問題をふたたび取り上げ、役に立たない人がいることを当然視する〈用不用の思想〉に対抗する見地を切り拓く中で、二つの思想の意義をできる限り明晰に語り出すことにしたい。
ここで〈用不用の思想〉とは私の造語であり、老人を用無しとみなす「エイジズム」を含む能力差別一般の見方を指している。なお、行論の中で言及する方々の敬称は省略させていただく。
1 老人問題と延命治療
2010年3月、私はニューヨーク市郊外のコールドスプリングにある「へイスティングス・センター」を訪れた。そこでセンターの創設者の一人で、バイオエシックスでは高名なダニエル・キャラハンと話をする機会を得た。彼は当時80歳だった。すでに名誉職に退いていたが、玄関脇の小さな一室をオフィスにし、そこで若い研究者の質問にも丁寧に答えていた。足元には老犬が寝そべっていた。
この優しい目をしたスコティッシュの老人はその23年前、『老いの医療――延命主義医療に代わるもの』(山崎淳訳、早川書房、1990年。Daniel Callahan, Setting Limits: Medical Goals in an Aging Society,1987.)を出版し、大胆にも老人医療を制限すべきだと唱えていた。彼は2019年に89歳で亡くなった。
今回の考察の導入として彼の主張の骨子を整理しつつ、その意義と問題点を検討してみよう。なお、文中の数字は日本語訳の頁数である。
新たな「老人問題」の出現
老成学事始Ⅶで指摘したように、1960年代から1970年代の初めにかけて「老人問題」が発見された。その背景にあったのが戦後の経済成長、人口構成の高齢化、医療技術の進歩に伴う長寿化、リベラリズムの政治運動等、先進工業国に共通する動向である。当時、「老人問題」とこれを生みだす「エイジズム(老人差別)」をめぐって三冊の名著が出版された。
フランスではボーヴォワールの『老い』(1970年)、日本では有吉佐和子の『恍惚の人』(1972年)、それに米国ではR・バトラーの『老後はなぜ悲劇なのか』(1975年)である。これら三冊の内容は老成学研究資料で詳しく紹介し、老成学の観点からその意義と問題点を検討している。
さて、その後の展開はどうなったか。
1970年代以降、反エイジズム運動が広がりを見せる中で、老人の悲惨な境遇に政治の目がようやく届き始め、老人福祉の状況は徐々に改善されていった。その動向を強力に後押ししたのは当時の医学・医療である。
救命医療は格段の進歩を見せ、集中治療ユニットが整備され、透析装置も普及した。その結果、延命技術に依存して健康への欲望は際限なく膨らみ、健康が国民の権利になった。さらに健康と長寿の実現は人生観を根本的に変えた。それまでの短く惨めな老いが一転して可能性に満ちたフロンティアになったのである(20-21頁)。
それ以来、2020年代初めの今日に至るまで、医療技術はますます高度化し、健康は至上の価値とされ、健康でアクティヴな長寿の人生が当たり前となっている。ところが、すでに1980年代後半の時点で新たに別の「老人問題」が芽生えていた。人口構成の超高齢化、医療コストの際限なき増大、そして慢性病を抱えた長命に伴う生きる意味の喪失である(26頁)。
今日でこそその新たな「老人問題」は大きくクローズアップされているが、当時は反エイジズム運動と医療の華々しい成功の陰に隠れて目立たなかった。それにいち早く注目し、正面から取り組んだのがキャラハンである。
コミュニティの視点
キャラハンが関心を向けたのは、財政上の観点から要請される社会保障制度の改革というより、社会のもっと深部に横たわる倫理の問題である。家族は老親をなぜ、またどこまで世話しなければならないのか。介護の中で共倒れする家族を社会はなぜ、またどこまで支援しなければならないのか。老人世代と若者世代が分断せずに絆を結ぶにはどうすればいいのか。
これらの問いの答えはコミュニティが老いと死をどのように位置づけるかにかかっている(27-30頁)。
しかし、反エイジズム運動は老いと死を直視しようとしない。運動の二本柱のうち、健康と不老をめざす医療では死は敗北を意味する(31頁)。他方、バトラーの老年学(キャラハンは老年の近代化論という)は生産的であることに価値を置き、老いや死を無視している(33-39頁)。
そうした傾向の背後には米国流の個人主義があるとキャラハンは指摘する(40-44、276頁)。そこでは人生の善について公共的に語ることは避けられ、もっぱら個人の信念か宗教の問題とみなされる。善き社会とは個人の信念を尊重する多元主義社会なのだ(73-75頁)。
それに対してキャラハンは老いと死に関して公共的な議論が必要だと考える(77-78頁)。自由を至高原理におく「リバタリアン」や公正の価値を最優先する「リベラリスト」に対して、彼は公共的な伝統を重視する「コミュニタリアン」である(45、276-279頁)。
だから彼は、エドモンド・バークの『フランス革命についての省察』から「国家(または社会)は死んだ者と生きている者と未だ生まれざる者のパートナーシップである」というフレーズを引用し、これに共感するのだ(60頁)。
老いの意味と役割、社会と医療の目標
キャラハンは老いの意味を絞り込むためにエリクソンの「ライフサイクル」に注目する(50-52頁)。これは人生を直線としてではなく、周期的な「一つのまとまり」として捉えるものだ。そのライフイクル上で老いの時期は完結の段階に位置する。この内実を把握するためにキャラハンは時間意識の考察に向かう。
老いの時間意識と言えばボーヴォワールが先駆者だ。彼女は老いの時間を現象学的に分析し、「凝結した過去と限られた未来の間で自己を実感できない不安な現在」と規定した(これについては老成学研究資料や老成学事始Ⅶで紹介している)。
しかし、彼女の時間論は実存(個人)の直線的な時間意識に限定されており、個人を包み込むコミュニティの時間という観点が欠落している。コミュニティの時間を前提にすれば、過去は凝結していないし、未来も閉ざされてはいない。現在の切実さの中で過去と未来がつながる(55頁)。
老年期が過去と現在と未来をつなぐ位置にあり、老人が過去を教訓にして未来を想像できるとすれば、現在における老人の役割はどうなるのか。
多くの老人はたいていすでに自己の可能性の追求を諦め、また家族への責任も果たし終えている。とするなら残る役割は、一方では家族への奉仕を超えた社会的貢献、つまり若者世代への支援であり、他方では衰えゆく自分を直視し、死の準備をすることだとキャラハンはいう(60-63頁)。
老いの意味と社会的役割に続いて、次に問われるのは社会と医療の目標である。ここで決定的に重要なのは目標を導き出すための根拠をいかに設定するかだ。キャラハンが着目するのは「早死に」ではなく「許容できる死」である。これは次の三つの条件から構成される(84-85頁)。
⑴ 人生の可能性をおおむね実現していること
⑵ 責任を負うべき相手への義務を果していること
⑶ 常識に反せず、周囲の人々の負の感情を招かない最期であること
以上の条件のうちで中心となるのは「人生の可能性」である。これに関してジョーン・エリクソンが言うように、90歳になると失うものもあるが、新たに獲得できるものもあるかもしれない(E.エリクソン&J.エリクソン『ライフサイクル、その完結』みすず書房、2001年)。とはいえ、たいていの老人は諦念を持って「おおむね」を受け入れるのではないかとキャラハンは考える。
「許容できる死」から引き出されるのが「自然な寿命」である(85頁)。この概念は「生命の規準としての健康」という生物個体の観点を人生の全体に拡大したものであり、ここで「自然」とは生命科学上の自然ではなく、人類の文化に共通して見られるパターンのことだ(81-82頁)。
米国の当時の平均寿命は男性71歳、女性78歳程度であり、それに基づいてキャラハンは「自然な寿命」を70歳代後半〜80歳代初めとする(188頁)。ほぼ80歳とみなしてよい。
「自然な寿命」を前提にすると、「誰もが自然な寿命を全うできること」が社会の目標になる。つまり、キャラハンにとって善い社会とは多元主義社会ではなく、「誰もが自然な寿命を全うできる社会」のことだ(198頁)。
他方、医学・医療の目標についても、⑴早死にを防いで自然な寿命を全うできるようハイテク医療技術を用いて健康を支援するが、⑵自然な寿命を過ぎたら苦痛の除去を通じて老人の社会的貢献を支援しつつ、⑶最期は安心して死ねるように世話することとされる(98-99、172頁)。
老人医療の原則と実際
老人医療の制限は若者(子どもの世代)に一方的な自己犠牲を押しつけないために要請される。とはいえ、老人を切り捨てるわけにはいかない。医療の制限は老人の尊重と両立しなければならない(148-149頁)。この両立を可能にするキャラハンの論理を私なりにまとめるとこうなる(150-151頁)。
⑴ 誰もが自然な寿命を全うすべきである。
したがって、どの世代も一方的に他の世代の犠牲になってはならない。
⑵ 自然な寿命を全うした老人は人生の可能性をほとんど実現している。
しかも、老人はやがて去りゆく身である。
⑶ ゆえに、老人世代は自然な寿命が過ぎたら若者世代に医療資源を譲るべきである。
以上を前提にして年齢ベースの公共政策の原則が立てられる(217-219頁)。延命医療は以下のように区分される(229頁)。
緊急救命治療(レベル1:心肺蘇生術)
集中治療(レベル2:人工呼吸器、透析)
一般医療(レベル3:抗生剤、外科手術、がん化学療法、人工的水分・栄養補給)
一般看護(レベル4:鎮痛剤、清拭、水分・栄養補給、慰め
自然な寿命を過ぎたらレベル2は適用されず、苦痛を除くためレベル3か4に切り替えられ、そして最期まで安心して死ねるよう支援される。
ただし、公共政策(老人医療制度)の原則の適用は臨床現場では裁量が認められる。年齢ベースだけでなく個々の医療上のニーズを考慮して決められざるを得ないからだ(233頁)。
例えば、自然な寿命を過ぎた老人(85歳)がいるとしよう。この老人がきわめて壮健な場合にはあらゆるレベルの治療を行ってもよいが、重度認知症の場合にはレベル3に止めるべきだとキャラハンはいう。
前者に対する適用はもちろん年齢ベースから逸脱している。しかし、老いの意味や医療の目標に関する公共的な対話を通じて政策ができるまでは、あるいはそれができたとしても人情を考慮するなら、その種の例外もやむをえないとする(250頁)。
また、水・栄養の補給は象徴的な意味を持つことから、レベル3の人工的な方法は抗生剤とともに差し控えるが、レベル4は最期まで維持することが望ましいとしている(243-244頁)。
以上にまとめたキャラハンの提案は、彼が予想したとおり反対の大合唱を受けた(12頁)。反対の理由は、
医療技術の高度化は善であり、それに伴う医療費増大はやむをえない
健康や長寿は善であり、人生に関する個人の信念に社会は介入してはならない
そもそも年齢で医療を区切るのは究極のエイジズムだ
生命価値は絶対であり、そこに人為を加えることは許されない
何よりも個人の医療上のニーズだけを考慮する医療倫理の原則に抵触する(212頁)
が主なものだ。
ところが、医療費の増大はそのまま放置されると、社会保障制度を破綻に追い込み、医療と健康以外の領域・分野を貧弱な状態に放置してしまう。また、医療費の抑制や医療資源の配分といった問題は小手先の弥縫策では解決できない。とにかく抜本的な改革が必要なのだが、米国でも日本でも人々はそれを見ようとしないし、考えないようにしている。
しかし、医療費や医療資源の配分だけが問題なのではない。キャラハンによれば、むしろいっそう重要なのが倫理の根幹に関わる問題である。
介護者の共倒れ、世代間闘争による社会の分断、長生きによる生きる意欲の喪失が至るところで発生し、私たちにますます重くのしかかっている。光が当てられた健康と長寿の裏側ではそこから漏れ落ちる老いと死を無益だとする見方が広がる。とくに寝たきりや認知症は老いの惨めさをいっそう際立たせる。
そうした背景から安楽死に賛同する人々が世代を超えて増えているが、キャラハンは老人の尊重にはつながらないとして安楽死には反対している(245頁)。
2 思想対立の中のキャラハン
私自身、老人医療を制限するキャラハンの提案の細部には必ずしも納得していないが、提案全体を支える見地には基本的に賛同する。彼の言うように老いの意味と役割を共有するために老いと死の問題を公共的に議論すべきなのだ。その点を確認した上で、安楽死問題に踏み込む前に一歩引いた思想の観点からキャラハンの主張を眺めてみたい。
キャラハンとバトラー
キャラハンは本書の結びでロバート・バトラーに言及している(255-256頁)。バトラーは『老後はなぜ悲劇か』の結びの冒頭で、ピンダロスの格言「不死を願うなかれ。ただ、可能性の限界を極め尽くせ」を引用し、その格言に続く文章の中で「限界の感覚などなしに突き進むこと」を強調している。キャラハンはそこに老年の近代化論者バトラーの矛盾を見る。限界を前提しながらも、それをたえず先へ先へと押しやる姿勢のことだ。
ただし、その重要な一節は日本語版ではなぜか訳出されていない。私自身もキャラハンの指摘を受けて初めてその事実を知った。
他方のバトラーは、原書の初版(1975年)の中で老人が長生きする意味はアイデンティを固定することなく変わることにあると強調し、ライフサイクルの経験を重視しながら「芸術作品としての人生」を唱えていた(第14章)。ところが、「日本語版への序文」(1991年)では、長生きの意味として唐突にも「世代の継承」に言及している(ⅷ)。
これはキャラハンからの批判の反響ではないかと解釈できる。
コミュニタリアンの立場と責任論
バトラーに対するキャラハンの批判を政治思想の次元に移すと、リバタリアンやリベラリストの「個人主義」に対してコミュニティの公共性を最優先するコミュニタリアンの立場になる。バトラーの老いの近代化論も現代医療も個人主義に立脚している。リバタリアンやリベラリストとコミュニタリアンの対立は現代の政治思想の中心軸だ。
思想の対立は避け難いが、その対立状況を緩和したり流動化したりすることはできるのではないか。そう考えて『システム倫理学的思考』の中で提唱したのが、人間の意味世界の基本構造である四次元相関に基づく「バランス思考」だ(これについては当ホームページ掲載の「『正解』なき世界の『バイアス』論」でも説明している)。
ただし、バランス思考は概念枠組みであり、それだけではイメージし難く、ツールとしても使いにくい。実践的な方針を導くためにも直観化が必要である。そこで人類の観念の倉庫から呼び出されたのが「世代」である。この個人・共同体・公共体・無体という思想の四類型を要素として組み込んだ思想については老成学事始Ⅷで説明している。
キャラハンの見地は、倫理学の観点から見れば、権利論に対する責任論の立場である。責任といえば生命倫理の文脈ではハンス・ヨナスが有名である(『責任という原理』加藤尚武監訳、東信堂、2000年)。キャラハンも自著の謝辞の中でヨナスに言及しているが、そこには違いがある。
ヨナスの責任論の原点は無垢で脆弱な赤子に対する親の無条件の世話である。しかし、弱者に対する無条件の奉仕という姿勢に関してキャラハンは懐疑的だ(141頁)。また、ヨナスの責任論はハイデッガーからハンナ・アーレントにつながる民族問題の圏内にある。民族と戦争をめぐる責任論はナショナリズムがぶつかり合った20世紀特有の刻印を帯びている。
21世紀の超高齢社会では責任論は個人でも民族でないところに求められるろう。キャラハンが提示するのが「各世代の相互責任」だ(259頁)。ここでも「世代」が登場する。
人間としての寿命と生物としての寿命
キャラハンの提案の前提にあるのは「自然な寿命」である。この概念の中心は「人生の可能性を実現してきた」とか、「それまで十分に生きてきた」という事態である。つまり、「自然な寿命」とは「生物としての寿命」ではなく、「人間としての寿命」のことだ。
ただし、人間(人類)の捉え方に関してキャラハンは「理性」、「感情」、「他者との関係」の三点をあげているが(20-21頁)、これは米国の生命倫理の「人格(パーソン)論」ではありふれた見方である。しかし、それでは人間の生の把握としてはあまりに貧弱ではないか。
私は『システム倫理学的思考』の第7章で、QOL概念を分析し、生存・生活・人生という生Lifeの三層および客観的・主観的という質qualityの二側面からなる「概念枠組み」として再構成した。
これを土台にするなら、生活を人間活動=相互的コミュニケーションと捉えた場合、「生の可能性」を四次元相関として多面的に把握することが可能になる。その上で「相互的コミュニケーションの縮小」の始まりをもって「人間としての寿命」の終わりとみなすことができる。
「人間としての寿命」の先に死期がやってくるが、人間の「死期」は「生物としての寿命」の終わりではなく、「相互的コミュニケーション」の最期のステージとして捉えられるべきだろう。人間にとって相応しい最期のコミュニケーションは、ハイテク延命治療でも安楽死(自殺幇助)でもなく、それら両極端の中間に位置する。その際、問題となるのが水分と栄養の供給をどうするかだ。
社会保障制度と貧困政策
最後に、キャラハンの視線は社会の深部にある倫理に向けられているため、社会保障制度の改善の具体策については踏み込んでいない。そこに踏み込むとすれば、貧困の総合的な政策をどう構築するのか、その際の拠り所は何かといった原理的な思想が問われることになろう。日本社会の場合、デファクト基準である生活保護費受給水準の合理的な再構成から始めなければならない。以上については「私の本棚 No.6」の『老後破産』の中で初歩ながら言及している。
3 安楽死と用不用の思想
2020年9月、私は佐野誠と共著で『新版「生きるに値しない命」とは誰のことか』を出版した。これは二部構成であり、医療の中の安楽死容認を理論化した『解禁』の日本語全訳と、それに対する訳者二人の批判的考察からなる。じつは20年前にも『旧版』を出しているが、その間の事情については本書に書いたので繰り返さない。ここでは大事な論点だけに言及する。
なぜ20年か。それは安楽死に対する肯定的な意見が増えてきたからだ。周囲を見渡すと超高齢社会の日常の中で多くの老人たちが安楽死に希望を見出している。それはこんな風にだ。
失禁や嚥下障碍が生じ、オムツを着けて寝たきりの状態になったら、生きていたくない。周囲の人や自分のことまで分からなくなったら、生きていても仕方ない。だから死なせてほしい。できればそうなる前に安楽死したい。(『新版』vii, 153, 213-4)
ただし、そう考えるのは老人ばかりではない。若者もそうだ。私の経験から言えば、10年前の学生では安楽死の肯定派と否定派が拮抗していた。それ以前には肯定派は少数だったが、現在では圧倒的多数を占めている。この趨勢が続けばそう遠くない将来、日本でも安楽死を合法化することになるだろう。
自発的な安楽死(自殺幇助を含む)に関して、私自身はそれを選ぶつもりはなく、死の直前の2週間ぐらいを想定して自然死という形が好ましいと緩く考えているが、社会としては安楽死も選択肢の一つとして認めてもいいのではないかと思っていた。
しかし、『新版』を準備する中、予想を超える安楽死願望の広がりを前にして、安楽死を選択肢として合法的に認めるべきではないと確信するに至った。その理由は、安楽死が「役に立たない人がいる」という用不用の常識を前提にし、それをかえって助長することになるからである。
以下、『新版』でも取り上げた『解禁』の論理と百年後の二人の日本人の心理を対比しながら私の見地を説明してみたい。
百年前の『解禁』の論理
欧州では法学と医学の間で長らく論争を呼んできた二つのテーマがあった。その一つが本人の自由意志に基づく「自殺」である。これはキリスト教では罪とされてきた。もう一つが本人の意思が不在の「純粋安楽死」である。これは臨終時に医師の裁量とされてきた。
ここで確認しておくと「安楽死」は「他者による殺害」を意味する。神から授かった命を人が勝手に処分するとみなす限り「自殺」もまた他者による殺害となる。
さて、『解禁』は次の二つの観点を結合することでそれまで禁止されてきた「他者による殺害」を容認する。その一つは「助かる見込みのない状態」を「不治の病」として捉える観点である。もう一つは「本人にとっても重荷、周囲の人々や社会にとっても重荷」という観点である。この二つの観点を結びつけると、「助かる見込みのない状態=不治の病」は誰にとっても「負担」だという結論になる。
以上の見地に立つと、一方の自殺は「不治の病」に限定され、それが本人にとって重荷とされることで医療の中に安楽死として位置づけられる。他方の「純粋安楽死」の対象も臨終時から「不治の病」一般に拡大され、認知症・知的障害・精神疾患の患者が本人にとっても周囲の人たちや社会にとっても重荷とされることで、彼らの安楽死が医療者の責務とされる。
『解禁』という著作は安楽死をめぐる思想史の中で特別な位置を占めている。
安楽死には自発的安楽死と非自発的安楽死の二種があり、従来はそれぞれ別の文脈で捉えられてきた。『解禁』はそれまで両極端にあった自殺と純粋安楽死を巧妙な観点によって安楽死として捉え直し、一般医療の中に取り込むことによって、重症者と認知症老人・障害者を一律に安楽死の対象とする道を開いたのである。その意味で『解禁』は安楽死の包括的な一般理論であり、そこにヒューマニズムや経済や戦争を含めて安楽死問題に関するすべての要素が包含されている。
しかし、「不治の病」として日常臨床の中で捉え直された「助かる見込みのない状態」は、その基準にしても範囲にしてもすこぶる曖昧である。また、「本人にとっても周囲の人たちや社会にとっても重荷」に関していえば、重荷の意味がそれぞれで相違しており、それを誰にとっても負担となるとして一括するのは暴論と言わざるをえない。
要するに、「助かる見込みのない状態=誰にとっても負担」という見地は、社会集団の中に「役に立たない者」がいることを当然視する〈用不用の思想〉をグロテスクなまでに強調したものなのだ。
ちなみに、『解禁』はなぜ1920年に出版されたのか。当時の社会状況を想起すれば時代背景が見えてくる。
まず、19世紀後半から続く死ぬ権利を求める社会運動があった。これに関連する理論的な著作も出ていた。次に、敗戦国ドイツの国民の窮乏があり、その解決をめぐって左右の政治的急進主義が勢力を伸ばしていた。このときヒットラーのナチスの前身の政党も誕生した。そして最後はスペイン風邪(パンデミック)の流行である。それは数年に渡って続き、全世界で約5千万人の死者が出たとされる。
以上が今から百年前の出来事であるが、百年後の今日とオーバーラップしてくる。
現代の日本人女性の心理
続いて、『解禁』からほぼ百年後の二人の日本人女性に登場してもらう。その一人が橋田壽賀子であり、92歳で『安楽死で死なせてください』(文春新書)を出版した。彼女は安楽死(自殺幇助)を希望してスイスの団体に登録したが、2021年3月に日本の病院で亡くなった。95歳だった。
橋田は著名な脚本家であり、脚本の仕事を生きがいとしてきた。また、戦前戦後を通じて誰にも迷惑をかけまいとして懸命に生きてきた。しかし、ここ何年も脚本の依頼が来なくなり、自分の時代は過ぎた、自分は役目を終えた、必要とされなくなってしまったと思った。すでに世の中の役に立たないからもはや生きる目標がない。生きる意欲が湧かないし、楽しいこともない。寝たきりになると周囲の者の手を煩わせることになり、これは自分のプライドが許さない。そう考えて何年も前から安楽死を希望したのだった。
もう一人の小島ミナ(51歳)は安楽死遂行をテレビで公開した初めての日本人である。橋田の場合はすでに功なり遂げていたが、若い小島の場合は道半ばで挫折した無念さがある(宮下洋一『安楽死を遂げた日本人』小学館、2019年)。
小島は自立した女性であることを信念に生きてきた。ところが48 歳のとき多系統萎縮症の診断を受けた。これはALSに似た神経性難病である。次第に足腰が立たなくなる。全身に痺れと痛みが走る。これを薬で鎮静する。徐々に舌が回らなくなり話し辛くなる。彼女は自分の未来を想像した。私が日々どんどん私らしくなくなる。いずれは寝た切りになり、オムツ交換の毎日が待っている。家族にも「ありがとう」と言えなくなる。そういう未来にはもはや生きる喜びを感じないし、生きていたくない。彼女は橋田の本を読んで刺激を受け、世話を受ける姉達を説得し、スイスの団体に登録して実際に現地で安楽死を遂げたのだ。
二人の場合、安楽死の選択には共通した信念がある。死に方は自分で決めるというものだ。それに比べれば家族との親密な関係は最優先ではない。生きたいと思わなくなれば自分で安楽死を選択する。寝たきりや認知症になってまで生きることは自分らしくない。以前のようにできない自分には生き続けるための目標がない。また、そこまでして生きることは周囲に迷惑をかけることにもなり、これは自分のプライドが許さない。
両者の心理を拡大するとこうなる。「できないこと」は「何もできない自分」という意識と「迷惑をかける自分」という意識をもたらす。そしてこの二つが結びついていたとき「役に立たない自分」という意識が生じる。そこから自分は「生きるに値しない」と評価され、一番苦しまない方法として「安楽死」が選ばれる。
これと同様の論理が『解禁』を貫いていた。「助かる見込みのない状態=不治の病」は「本人にとっても重荷、周囲の人々や社会にとっても重荷」とみなされ、これでは「役に立たたない」ために「生きるに値しない」と評価され、安楽死が選ばれたのだ。
用不用の思想
世の中には「役に立つ人もいれば、役に立たない人もいる」という見方を〈用不用の思想〉と呼ぼう。これはたんなる思想というより、はるかに根深い社会常識である。
社会集団の大前提は存続である。そしてこの存続の可能性を支えるのは生存に関わるエネルギーと、正当化の意味を付与するイデオロギーだ。そして後者のイデオロギーとして創出されたのが広義の倫理であり、そこにはルールや法や道徳や理想が含まれる。この倫理では社会集団の存続に役立つ構成員の働き(機能)が善とされ、その能力(できること)がプラスに評価される。その点はどの社会集団でも変わらない。
用不用の常識から種々の能力差別が生じる。社会集団に属する人々の間ではもともと能力の区別がある。能力はそもそも多次元であり多種多様なのだ。それを一つの尺度で価値づけるとき区別が差別に転じる。ただし、特定の状況の中に人が存在する限り、最初にたんなる区別(差異)があるというより、最初から種々の差別があるという方が適切かもしれない。なお、この論考では能力差別以外の差別については主題として論じない。
差別には二種ある。相対的差別では焦点となる特定の尺度に関してのみ人々が差別される(適材適所の配置がここに含まれる)。絶対的差別では個人の力では如何ともしがたい属性、例えば性や民族・人種等の特徴によって人々が固定的に差別される。この場合は命の選別にまで進むことがある。
能力差別は用不用の思想に根ざし、社会集団が存続する限りなくなることはない。近代市民社会であれ、資本主義社会であれ、産業主義社会であれ、管理主義社会であれ、差別の現象は違ってもその本質は変わらない。
そうだとすれば、私たちにできることは、区別から差別へ、相対的差別から絶対的差別へと転化する心理と論理を認識し、それがたえず逆流するように働きかけることぐらいであろう。しかし、実際にはそれすら難しく、またそれだけではあまりに弱すぎる。もっと強力に対抗できる思想はないのだろうか。
4 「役に立つこと」の意味の転換(1)
〈用不用の思想〉に対抗するための拠り所を、私は〈コミュニケーションの思想〉とそこから展開される〈世代の思想〉に求める。「役に立たない自分」は「何もできない自分」と「迷惑をかける自分」の二つの要素から生じていた。まずは「何もできない自分」を取り上げ、これにコミュニケーションの思想を対置してみよう。
「何もできない自分」の捉え直し
身体がうまく動かないようになり、以前のように何かができなくなると、人はそのできないことに悩み、何もできないと思い込み、「何もできない自分」に困惑し、怒り、やがて絶望するようになる。そのとき心の背後で働いているのが用不用の思想(つまりは能力差別一般の社会常識)である。この用不用の常識に対抗する言説には少なくとも三つのタイプがある。
一つ目は、「できないこと」を「弱さ」や「脆弱さ」として捉えるものだ。そこからしばしば「できなくていい」「しなくていい」「あるだけでいい」のように語られる。
しかし、弱さは誰もが多かれ少なかれ抱えており、どれも具体的で多次元だ。それにもかかわらず、「できないこと=弱さ」を抽象的かつ絶対的に強調するならば、キャラハンも指摘するように(141頁)、その「正しさ」の前に相手は拝跪することしかできない。それは当人を絶対受動の存在へと祭り上げ、その人の何かできることを踏まえて具体的な対応をとることを不可能にしてしまう。
二つ目は、「できないこと」を「弱さ」ではなく「個性」として捉えるものだ。障害者運動の中で打ち出された「障害は個性」というスローガンが典型である。
しかし、「障害=できないこと」は多次元の事実であるが、それは個性とは違う。できないことにうまく適応し、別の何かできることを工夫するところに、その人らしさとしての個性が形成される。抽象的な「できないこと=個性」は、たとえそれによって本人が勇気づけられるとしても、具体的な工夫につながらない。
三つ目は、「できること」で成り立つ価値観を転倒させる視点として「できないこと」を捉えるものだ。人は病気になるとそれまでの健常者の見方が崩れるように、何かができなくなると従来のできる世界の価値観が崩れてしまう。
しかし、見方の変化が直ちに「できる」世界を転倒させ、「できない」世界を創るわけではない。そのためには日々の地道な実践が不可欠だ。老成学事始Ⅱで指摘したように、「できないこと=価値観の転倒」という言説は、例えば鷲田清一『老いの空白』にも見られるが、既成の秩序を前提にした抽象的な反秩序思考である。
私の考えでは従来の言説では用不用の常識に対抗できない。もっと具体的で積極的な拠り所が求められる。それはおそらく「できる/できない」「する/しない」「する/ある」、「弱さ/強さ」、「個性/非個性」、「秩序/反秩序」といった固定的な二項対立を超え、それらを緩めて流動化するような思想であろう。その候補の一つが『システム倫理学的思考』で打ち出された〈コミュニケーションの思想〉である。
コミュニケーションの思想
あらゆるものの関係はコミュニケーションである。
「コミュニケーション」はラテン語のco+munusに由来するが、その原義は「何かのやりとり」である。その何かは言動や記号でなくても、電子でも生体分子でもシンボルでもなんでもいいと考えれば、素粒子同士でも、松と風の間でも、細胞同士でも、花と蝶の間でも、つまり、すべてのものの間でコミュニケーションが成り立つことになる。
やりとりが行われている限りそこに関係があり、関係がある限りそこでやりとりが行われているとすれば、あらゆるものの関係はコミュニケーションなのである。それでは、人間のコミュニケーションでは何がやりとりされているのか。
例えば、誰かが手を挙げているとする。「手が上がる」一連の動作(行動)は見えるが、手を挙げている「意図」を特定できない限り、その行動がどんな行為であるかは決まらない。それは反対の意思表示かもしれないし、タクシーを呼び止めているのかもしれない。あるいは、誰かに合図を送っているとか、一人で体操していることもありうる。
見える行動を表現(情報)とみなすと、表現の意味は何の行為かを決める意図になる。実際の場面では意図は必ずしも明確でないし、本人に自覚されていないこともある。それでも情報の多義的な意図(意味)を一つに絞り、特定の行為を決めることなしにコミュニケーションは進まない。この一つに絞る作業を解釈という。
以上を踏まえると、人間のコミュニケーションでやりとりされるのは情報の多義的な意味の解釈だということになる。その際、受け手による解釈が言動(表現)を通じて相手(最初の送り手)に情報として送り返され、その受け手は情報を解釈することによって自分の意図を確認しつつ、新たな意味を付加して相手にふたたび送り返すことになる。
このようにコミュニケーションのイニシアティブを握り、コミュニケーションの方向性を左右しているのは、情報の送り手ではなく受け手側の解釈(受け止め方)である。もちろん通常は送り手と受け手が交互に入れ替わる。
パートナーシップにおける語りかけられる役割
『システム倫理学的思考』の第1章では、意味を情報として受けとり解釈する側がコミュニケーションのイニシアティブを握ることを前提にした上で、双方の側の心に生起するコミュニケーションのプロセスに注目し、それが情報受容・真意解釈・解釈比較・総合評価の4ステップを周期的に辿ることを見出した。
そしてそこからコミュニケーション一般に関して「四次元相関の論理」を取り出し、続く3章と4章ではそれを駆使して人間の意味世界を多種多様なコミュニケーションシステムの世界として把握したわけである。
しかし、ここで改めてコミュニケーションの受け手がイニシアティブを握るという原点に立ち戻ってみよう。
通常のコミュニケーションでは、双方とも語ることができ、受け手と送り手が交互に入れ替わることを想定している。ところが、一方の相手が語らないか、語れないという場合が出てくる。この場合でもコミュニケーションは成り立つのだろうか。
答えはYESだ。受け手の解釈がコミュニケーションのイニシアティブを握る限り、相手が語らずとも、あるいは語れずともコミュニケーションは続くことになる。
語らないか、語れない相手との間であっても、語れる片方の側がイニシアティヴをとって働きかけ、語り続ける限り、そこにコミュニケーションが成り立っている。
しかし、これは稀な事態であろうか。そうではない。時空を飛び越えて見渡すならば、語らないか、語れない相手との間のコミュニケーションの方が、語れる相手同士のコミュニケーションよりもはるかにカバーする範囲は広い。認知症や寝たきりの老人だけでなく、死者や未だ生まれざるもの、動物や植物、AIロボット、シンボル、物質までもがそこに含まれるからだ。
ここで役割(パート)に注目してみよう。通常のコミュニケーションでは送り手と受け手という役割がある。役割がある点では、語らないか、語れないものたちを包括するコミュニケーションでも同じだ。そこでは語りかける側の語りかける役割だけでなく、語りかけられる側の語りかけられる役割もある。
このように考えれば、少なくとも人間が語りかけるコミュニケーションではすべてパートナーシップ(共同作業)になる。この「語りかけられる役割」という見地が、四次元相関の概念枠組みと並んで、コミュニケーション思想から引き出される重要な意義なのだ。
5 「役に立つこと」の意味の転換(2)
次に、「役に立たない自分」のもう一つの要素「迷惑をかける自分」の捉え直しに進もう。ここで対置されるのが〈世代の思想〉である。これはもともと育児や介護に由来する。育児や介護の本質は世代をつなぐ世話であり、これが共助型コミュニケーションの原点なのだ。その意味で世代の思想はコミュニケーションの思想の展開になる。
「迷惑をかける自分」の捉え直し
導入として著名な評論家であった西部邁を取り上げよう。彼は2018年、78歳のとき多摩川に入水して「自裁死」した。西部は常々自分で自身の人生を終えたいと考えていたが、その際に家族には迷惑をかけたくないと願っていた。Wikipediaから省略して引用する。
西部は55歳の頃には自死への構えがおおよそ定まり、2014年に妻と死別して以降はさらにその決意を固めていった。[…] 健康面では西部は背中に持病を抱えていて激しい痛みに襲われることもあり、皮膚炎や神経痛に悩まされており、重度の頚椎症性脊髄症のため細かな作業や重量のある物を持つことができず、執筆活動が困難になっていた。[…] 自殺するまでの数年、親しい人には「死にたい」と漏らしていた。また娘や息子に迷惑がかからないように人生を終えるといつも言っていた。[…] 自殺するまでの数年、「自分の意思もわからない状態で看取られるのは耐えられない」、「もうそろそろ限界だ」と言っていた。著書などでは「自然死といわれるものの実態は『病院死』にすぎない」、「生の最期を他人に命令されたり、いじり回されたりしたくない」、「死に方は生き方の総仕上げだ」と記し、自ら命を絶つ「自裁死」の意思があることを述べていた。
安楽死問題のジャーナリストで小島の安楽死遂行に同行した宮下洋一は、西部の自裁死を賞賛する風潮に違和感を表明した(PRESIDENT Online、2018.2.10)。
彼によれば、スイスやオランダでは、例えば65歳のとき癌で安楽死した男性の場合は友人を招待してお別れパーティを開いたが、あくまで個人の観点が貫かれる。人生の主人公はあくまで自分である。それに比べると、同じく個人主義を表明しながらも、迷惑をかけたくないとして周囲への配慮を滲ませる西部は不徹底に映るという。
しかし、死んでゆく者が周囲に配慮することはいけないことだろうか。そこに問題があるとすれば、迷惑をかけるという消極的な捉え方に制約された方法にあるのではないか。西部の場合、確かに子供には直接的な迷惑をかけていないが、若い二人の信奉者の手を借りた結果、彼らは幇助罪で逮捕され罰せられることになった。不徹底なのはむしろその点である。
「迷惑をかけたくない」という思いをむしろ積極的に受け止め直し、その観点から周囲への配慮の仕方を捉え直すことはできないか。
ここで思い出されるのが深沢七郎原作の小説『楢山節考』(新潮社、1956年)である。これは民間の棄老伝説に題材をとったもので、1958年(木下恵介監督)と1983年(今村昌平監督)に映画化されている。
とくにカンヌ映画祭でグランプリを獲得した後者では、自然の過酷だがおおらかな営みの中で世代の継承を積極的に受け止める主人公の姿がごく当たり前のように描かれている(ここでは深沢の『東北の神武たち』も併せて下敷きにされた)。
もちろん、この小説は周囲への配慮を世代の継承責任として積極的に受け止めてはいるが、現代の医療と文化の水準では老人を捨てることは認められない。むしろ、老人が若い人々に貢献しながら、最期は安心して死ねるような支援を探るべきだろう。
世代の思想
いまここに、周囲への配慮に関して「迷惑をかけたくない」という消極的な捉え方ではなく、世代を継承する責任として積極的に捉え直そうとする方向線が浮上している。とはいえ、世代の概念はなお曖昧であり、年代を含めて世代の概念を再構成する必要がある。75歳の男性を例に考えてみよう(もちろん適当な変更を加えれば40歳女性の例でも同じことが言える)。
75歳は生物年齢だが、彼はたんなる一個の生物ではない。社会集団に属している。
まず、彼には家族がいる。先祖は確実にいた。子孫もいるかもしれない。このような親子代々の系譜的な連続性が「世代」の一つ目の意味である。
次に、彼は1945年生まれである。同年齢集団の一人として1950年代に子供時代を送り、1960年代に青春時代を過ごした。「彼ら」は高度経済成長期の「雰囲気」を共有し、戦前生まれの親たちのような年齢集団とは異なる価値観を持っている。この同年齢集団の同時代性が「世代」の二つ目の意味である。
そして最後に、家族がいて(「団塊世代」と呼ばれる)同年齢集団に属する75歳の彼はライフサイクル上の老年期に位置する。つまり老人なのだ。
以上のように、年代を含めた世代の観点から見れば、人間はたんなる個人ではなく、⑴ 生物としての年齢・年数性、⑵ 親子代々の連綿たる系譜性、⑶ 同年齢集団の同時代性、⑷ ライフサイクル上の周期性(老人の場合は完結性)の四つの次元から捉えられる。
四つの次元を総合すると、先行する同年齢集団と後続する同年齢集団が価値観と文化(生活様式)をやりとりするという、時代を超えた集団同士のコミュニケーションを担う同年齢集団として「世代」概念が再構成される。
これを思想として捉え返すなら、《各世代の人々は、先行世代の価値観・文化を受け継ぎ、批判・洗練・総合を通じて、後続世代に引き渡す責任がある》という見地になる。この見地の核心は世代としての責任である。
社会的・歴史的役割
老成学事始Ⅷに書いたように、思想対立の文脈で見れば、世代の思想は四次元相関という概念枠組みを直観化したものであり、個体・共同体・公共体・無体という思想原理同士の対立を緩めずらすことを可能にする包括的なプラットフォームとなる思想である。
それはまた一つの思想である限り、システム倫理学の方法の要である「実践目標」の設定を導き出すことを可能にする(これについては別の論考で展開する)。
しかし、世代の思想の意義はそれだけに尽きない。役割の文脈においても決定的な意義を有するからだが、この点はいまだ十分に解明されていない。
先述のようにコミュニケーションの思想の核心にはパートナーシップの見地があり、そこではたとえ語れないか、語らない相手であっても、誰もが「役割」を担っていた。
他方、世代の思想の核心は同年齢集団同士のコミュニケーションにおける「世代としての責任」という見地である。
この二つの見地を結びつけると、時代を超えた同年齢集団同士のコミュニケーションの中に「役割」が位置づけられることになる。世代の思想はコミュニケーションの思想と一緒になって、個人や家族を超えた社会的で歴史的な役割があることを教えてくれるのだ。
世代の思想はまた、役割の捉え直しだけでなく、コミュニティの具体的なイメージを提供する。『システム倫理学的思考』の第4章で指摘したように、コミュニティには三つの次元がある。
コミュニティ1はコミュニケーションのネットワークの集団のことだ。これが最も一般的な水準にある。
コミュニティ2は単一機能システム集団(society)に対して多機能システムを包括して担う集団のことだ。これは形式的な分類概念である。
コミュニティ3はテンニース以来の「ゲゼルシャフト」に対する「ゲマインシャフト」であるが、これは歴史的な文脈にあり、近代の機能的な社会に対する伝統的な共助の共同体を指している。
以上の次元に対して、価値観・文化をやりとりする同年齢集団同士の時代を超えたコミュニケーションがコミュニティ4である。キャラハンは「コミュニティ」を自明視しているが、私には具体的なイメージが浮かばなかった。世代の思想がそれを補ってくれる。
老人世代の役割
世代を大きく分けると、年少期、青年期、中年期、老年期の四つの年代になる。コミュニティの中で各年代の役割は異なる。
年少期の役割は既存の価値観を受容・吸収することである。
青年期の役割は既存の価値観を批判・解体することだ。
中年期の役割は新しい価値観を洗練・確立することだ。
老年期には新旧の価値観をして総合・伝達する役割がある。
なお、若者世代という場合は年少期と青年期が含まれる。
老年期はライフステージ上で完結の段階に位置する。この老年期に焦点を合わせると以下の四ステージに区分される(老成学事始Ⅵでは三つに分けたが、ここでは四つに変更する)。
⑴活動を拡大または維持するステージ
⑵ 活動を縮小するステージ
⑶ 世話を受けるステージ
⑷ 死に臨む最期のステージ
ここで活動とは仕事やボランティアを含む多次元の相互的コミュニケーションのことだ。どのステージであっても老人の役割は同じである。価値観を総合・伝達して後続世代、とくに若者世代を支援しつつ、彼らに人生経験を踏まえた生き方を示して人生を学んでもらい、最期は人生に締めくくりとして死に様を見せることだ。
もちろん、世代としての責任の見せ方には多様なかたちがある。有言でも無言でもそれを示すことができる。寝たきりでも、あるいは重度の認知症になっても、老い方と死に様を後続世代に見せることはできる。見てもらうことで若い人にとっては人生とは何かを学ぶことができ、当人にとっては見られるという対他的な視線を感じられる*。
*「老い様や死に様を若い人に見せる/見てもらう」という姿勢の持つ意義については、
老成学研究所の前澤祐貴子氏との度重なる対話から学んだ。ここに記して感謝する。
しかし、どのステージであっても多様なかたちの内に安楽死は含まれない。
安楽死の理由と時点が漠然しているため拡大解釈される危険があるというのは根本理由ではない。根本的には、安楽死という選択がたとえ本人だけに適用されたとしても、本人自身が「役に立たない」と認めることによって、世の中に「役に立たない人がいる」という用不用の思想を受け入れ、能力差別をますます固定することになるからだ。
老人にとって関心の的となるのは⑷の死の迎え方だ。この人生最期のステージにも役割がある。意思を表明できなくなる前に延命処置の方針を決めておくことも果たすべき役割の一つであろう。
キャラハンは80歳を過ぎたら延命治療をすべきでないと提案するが、私自身はその方針の適用を死期が切迫する概ね1ヶ月から2週間前あたりに設定してはどうかと考える。自力で食べられなくなるかどうかが目安だ。そのとき問題になるのが水分や栄養の補給である。キャラハンは人工的でないならそれを基本的に続けるべきだという。
これに関して佐江衆一の『黄落』(新潮社、1996年)を読むと、死期が切迫した老母が口をぎゅっと結び、補給を拒否する意志を無言で示していた。伝統的な往生の作法には断食や入水がある。西部や『楢山節考』の「おりん婆さん」とは違うが、最期の迎え方としては参考になるだろう。
6 老成学のビジョン
老人世代の生き方の延長線上にある安楽死を公共的に論じ合うためには、死者と生者と未生者を含むコミュニティの中で、老いの意味と役割や、社会と医療の目標を共有していなければならない。このキャラハンの提案には私も基本的に賛成したい。
しかし、「コミュニティ」という捉え方すら論争を呼んでいる状況にあって、私たちは何をどこから始め、どのように進めていけばいいのか。
老成学のアプローチ
私が用意した答えが〈コミュニケーションの思想〉と〈世代の思想〉である。今回の考察では老人医療制限と安楽死を題材にとりながら、〈用不用の思想〉に対抗する拠り所として二つの思想の意義を解明してきた。それを改めて要約するとこうなる。
まず、〈コミュニケーションの思想〉からは二つの意義が引き出される。その一つは以前から強調してきた四次元相関の概念枠組みである。これが人間の意味世界をコミュニケーションシステムとして把握することを可能にする。
そしてもう一つが今回初めて強調した「パートナーシップ」の見地である。この見地に立てば、たとえ一方的な語りかけであってもコミュニケーションが成り立ち、その中で一方的に語られる側にも役割があることになる。
次に、〈世代の思想〉からも二つの意義が引き出される。その一つが四次元相関の概念枠組みを直観化した包括的な思想である。これによって思想の対立を和らげ、流動化するとともに、システム倫理学の方法の要となる「実践目標」を導出することができる。
そしてもう一つが今回新たに引き出してきた「世代としての責任」という見地である。これによってパートナーシップの役割に社会的・文化的・歴史的な意義が付与されるとともに、コミュニティの概念に具体的なイメージが充填される。
公共的な議論にとって〈コミュニケーションの思想〉と〈世代の思想〉は決定的に重要である。なぜなら、繰り返し強調すると、両思想を拠り所にすることで、「エイジズム」を含む〈用不用の社会常識〉に対抗する新たな役割概念が提示されるだけでなく、「コミュニティ」概念が具体的にイメージされるようになるからだ。
この身近で想像可能なコミュニティを土台にして初めて、老いの意味と役割や社会と医療の目標をめぐる公共的な議論が始まることになる。
コミュニティの中の公共的議論
以上の老成学のアプローチを際立たせるために、緊急事態の中の自己犠牲アプローチと対比してみよう。
新型コロナ感染の波が押し寄せるたびに重症患者の数が増加し、受け入れ先の病院では集中治療室のベッドが不足するという事態が生じた。ベッドにはスタッフと機器が張り付いている。そこに老人と若者が同時に担ぎ込まれてきた。残る一台のベッドをどちらに優先するか。これがトリアージだ。各国・各地域では取り決められているところもあるが、日本では話題にはなっても公的なルールはできていない。
事態を重く見た一人の医師が2020年4月、「譲るカード」を考案した。そこには臓器移植の意思表示カードに似て、高度延命装置を若者に譲ると記載されている。考案したのは循環器科専門医の石蔵文信(64歳)だ。
私はその記事を読んで直ちにその意義を認めたのだが、その後の反響をみるとどうやら否定的なものが多かったようだ。老人だから譲るという考え方には老人や医療者の間では「命の選別」だとして反発する声が多い。逆に、賛同する意見はネットの性格上表面には出てこない。
それにしても、自己犠牲の提案のどこが問題だったのか。私自身は考案者の意図は決して悪くなく、むしろ素晴らしいと考える。しかし、残念ながら出し方の順番が間違っている。最初から英雄的な行為を奨励する社会は決して好ましい社会ではない。現代史を振り返ると、そのような社会では人々の率直な意見は屈折し、本音と建前が著しく乖離する。
先に取り組むべきなのは公共政策としてトリアージを設定することだ。この点はキャラハンの提案でもそうなっている。そしてそのためには、人々が老いの意味や社会と医療の目標に関して公共的な議論を通じて一定の方向性を共有しなくてはならない。この点をキャラハンは強調したし(256頁)、老成学もそこに照準を合わせている。
ただし、キャラハンと私の老成学の違いは、私の方がそのアイデアを二つの思想として洗練し、そこからコミュニティ概念を具体的に描き出した点にある。
したがって順番はこうなる。
最初は、〈用不用の社会常識〉への対抗を軸にしながら、老人の生き方や医療のあり方について公共空間の中で議論を積み重ね、それを通じては政策(社会保障制度)を立ち上げることだ。
次に、そうやって決められた政策と社会保障制度の枠内で、次に臨床現場の方針を話し合うことだ。これに関連して臨床現場に導入されているACP(アドバンス・ケア・プランニング)をうまく活用すべきだろう。
以上の取り組みがあって初めて、緊急時に老人世代の英雄的な行為が自発的に生じることになろう。
結び
ここまで〈コミュニケーションの思想〉と〈世代の思想〉の意義を解明してきた。これらは老成学の二本柱である。その解明によって老成学のビジョンが多少とも明確になったのではないかと考える。