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【寄稿D】❷−2 読書ノート:『意識があるとはどのようなことか』ー筒井祥博先生への私信ー 浜松医科大学名誉教授 寺川進
交流の広場 | 2021.07.15

『意識があるとはどのようなことか』

ー筒井祥博先生への私信ー



浜松医科大学名誉教授:神経生理学

寺川 進


この度先生が書かれた読書ノートを拝見しました。先生がこれまでに読まれた書籍や、この2年間に亘って私達が討論したことを材料に、意識に対する思いが書かれています。

私も強い関心を持っていることなので、少し、感想や考えを述べさせていただきます。


1.「意識と未来」について


「意識と未来」の章については概ね同感です。C・コッホの考えも妥当に思われます。縦になった地層を見るところは、秀逸ですね。

人類の存在に意味があるかという問は、意識はどのように生まれるのかという問より、簡単なものかもしれません。

答えがNoであれば。宇宙は人の脳を生み、脳は身の周りを中心に宇宙の様子を記憶(写像)している。宇宙はその全体のエントロピーが増加することを代償に、局所的にエントロピーが減少する空間を形成して、地球や人を作り上げたといえるでしょう。

結局、この世のすべては、宇宙が熱的な死に向かって流ていく間に見せる、波や渦のようなものでしょう。

宇宙が、そのままでは起こしえない現象を、適切な大きさの限られた舞台の上にだけ実現した、特別な分子の運動がヒトの意識だと思います。


2.「意識と宇宙」について


「意識と宇宙」の章では、私の考えはかなり異なります。

小さな地球に発生した人類の脳に特有の意識が、とてつもなく大きな宇宙の意識に連なるという空想は、SFのプロットとして愛用され、私も希望的な考えとして持っていたものですが、現代の宇宙科学から見るといささか現実味がないものとなっています。

どこか別の惑星や衛星に意識を持つ生命体のようなものが存在する可能性は大いにあると思いますが、星を中心とする無数の天体の間に複雑な力や信号の伝播があり、その動態の中に意識が存在するというようなロマンチックな可能性は、現在のところありません。


わずかに関連があるかもしれないことは、縺(もつれ)た量子の存在です。

例えば、2つの縺た電子が生成されると、互いがどんなに遠く離れようとも、片方が他方に瞬時に信号を送ることができるといいます。しかし、これだけでは意味のある通信さえも実現が難しいでしょう。意識を構成することは、なお難しくなります。

これ以外の方法では、銀河の間の情報のやり取りに時間がかかり過ぎます。人が作る機械や電子装置に意識が宿る方がはるかに現実的で、実現するまでの時間は、宇宙時間に比べれば、とても短いものでしょう。


筒井先生の見方との違いは、意識の捉え方の違いから生ずるというより、機械や電子装置に対する感覚の違いから生じているのだろうと思います。そこに目をつぶれば、「意識と宇宙」の最後の部分は、先生のお考えに癒されるような心地よさを感じました。おそらく文学的な表現がそうさせる力を持っているのだと思います。


3.脳という臓器

脳という臓器が専門的に担当している役割は、身の周りの環境やその外側にある世界を感覚器や言語を介して写し取り、地図や模型のように形作る(写像する:またはmappingする)機能です。

脳は〝身の周りの世界をコピーするための臓器”であり、そのコピーを保存する器官です。脳はそのコピーの一部を(注意の対象として)取り出し、それに対して何らかの情報処理を行って、外界や内界(身体や記憶庫)へ出力する。その結果が、食物を獲得するのに役立つような探索や攻撃などの行動(恒常性の維持)となります。この活動を繰り返すときに意識があると感じるのだと思います。


リスは秋のうちに木の実を森のあちらこちらに埋めておき、食べ物が無くなった冬に、それらを雪の下から掘り出して食べるそうです。エサの場所を記憶するリスと星座を記憶して季節や時間、そして方角を知るヒトは、共に、脳が世界を写像するという機能に依存して、命を繋いでいるわけです。そこに意識が生まれるのです。


宇宙という巨大な構造に目を向けると、全体を写像した「世界のコピー」に相当するモノは見当たらないことから、脳に相当する様なスケールの大きな組織体は無いことになります。つまり、宇宙の意識という考えは棄却されるのではないでしょうか。

機械には意識が生じないという信念と、機械の様な運動をしてはいるが宇宙の場合には意識が存在するという信念は、衝突します。一方、進歩すれば機械も意識を持つという考えと、宇宙も将来は意識を見せるかもしれないという考えとは、整合性があります。

無理が無いのは、機械も宇宙も、この先、意識の獲得を目指して発展する流れにある、ということかもしれません。


4.機械の意識


機械が意識を持つことになるとは想像できない、という先生のお考えは、多くの人にとって受け入れやすく、AIの他には意識に至る扉が見当たらない現在では、特に変える必要は無いものと思います。

ただ私が完全には同意できないのは、論理的には機械が意識を持つ可能性はある、と思うからです。


実は、先生のお考えと同じことを主張するホムンクルスが私の脳内にも棲んでいて、時々言うのです。「他人を納得させる理論を示したければ、意識を持つ機械を作り上げて、テレビにでも出演させるとよい」。

これは、実際のところ、難しい課題です。

正直、こうすればよいというアイデアはまだ固まっていません。

今のところその糸口になると思っているアイデアは、痛みについて考察するというものです。


5.痛みのプログラム


そもそも、ヒトはなぜ痛みを感じることができるのでしょうか。

痛みとは不思議なものです。

痛みとは、それが生ずる原因を何とか取り除こうとする反応のようです。脳の中で、原因と思われるものを判断して、できるだけ早くそれを取り除こうとする強い衝動が沸き起こるのが痛みのようです。

痛みの正体が完全には分からなくてもいえることは、痛みを感じるような機械装置を作ることができなければ、ましてや意識を持つ機械は作れるはずがない、ということです。


虫でさえ、その脚をもぎ取れば、痛みに苦しむように見えます。しかし、今の機械は痛みを自分のものとして感じることができません。自分の痛みも、他人の痛みも同様です。

虫のように身体の一部が壊れたら苦しむロボットを作りましょう。

身体の一部に傷を受けたら、大きく頭を振り、悲鳴の声を上げ、手足をばたつかせる。そのような反応をすることは、プログラム(あるいは、順番に働くハードウェア)によって実現できます。


普通、意識を持たないロボットでは、このような反応が起きたとしても、それは見かけのものに過ぎず、ロボットは本当に苦しんでいるわけではないと考えます。

私は、このようなプログラムが走ることこそが、小さな意識の始まりなのではないかと思うのです。


プログラムとは、反射的な応答を担う神経細胞の一群が、別の一群に信号を伝えていくという、多段階的な反応のことです。血糖値が下がれば、エサを探し回り、獲物を捕らえて食べる、というプログラムが働くわけです。

このようなプログラムは、実際の生体内では神経細胞の結合としてハードウェア化しているわけですが、状況に応じて結合は変化する能力を有し、適応性を高めています。

その意味では、ここでのプログラムはコンピュータのそれとは少し違い、順番に起こるように組まれた多段階の反応とお考え下さい。


恒常性の維持は生体の大事な目標であり、それを実現すべく複雑なプログラムが働きます。

痛みの信号が小さな意識を作り出していると同じように、恒常性を維持する様々なプログラムも、それぞれ別の小さな意識を作る作用に貢献しています。他にも快感を作るプログラムや、本能として組み込まれているプログラムなども多数存在します。

このようなものが全部、集合し、作用し合い、外部から入力される感覚情報や脳内に存在する記憶情報などと共に混合処理されるとすれば、我々が自らの脳内になじんでいるような精妙な意識が構成されることでしょう。


G・トノーニの情報統合理論は類似の考えを基礎にしていると思います。

実際、痛みのプログラムは、恒常性のプログラムに対して、阻害的効果を及ぼすことにより、恒常性のプログラムをより意識の発生へと押し上げる力になります。

A・ダマシオの考えに沿うものでしょう。

単純な機械には、痛みのプログラムも恒常性のプログラムも備わっていません。それがゆえに、今のところ、機械には意識が発生する余地が無いわけです。


6.意識のプログラム


脳が持つようなプログラムはすぐには完成しません。複雑な組み合わせを順次付け加え、何層にも重ねて初めて脳に似てくるのでしょう。

初期の猿人からホモ・サピエンスに至るまでの700万年の進化のステップを、ひとつひとつ辿るようなプログラム開発が必要です。


AIの基本的なアイデアは1950年代に現れました。それが実用的なものになるのに50年以上はかかっています。

同様に、あと50年もすれば、Artificial Consciousness (AC)が実現することと思われます。膨大なプログラムが必要です。

800億の神経細胞(マイクロPC)がそれぞれ100~10,000個の接続点(入出力装置:I/O)を有する組織体を、秩序立って動かし、世界をコピーする能力を持たせることが基本になります。現代のAI以上の深層学習能力を有し、自己組織化をする能力が欲しいです。接続点における情報の通りやすさを、自動的かつ確率的に制御する仕組みが必要です。


どんなに複雑なプログラムでも、機械的に実行される以上、機械のようなものに過ぎず、なぜ意識というものが生まれるかは、にわかには理解できないかもしれません。この最も分かりにくい点については、さらなる考察が必要です。

いま言えることは、脳の中で起る意識の発生は、必ずや機械的な反応に違いない、ということです。細胞やタンパクの精緻な働きではありますが、それらが組み合わされて働くような機械的なものなのです。決して物理や化学の法則を逸脱するようなものではありえないのです。


この点を曲げることなく、誰もの腑に落ちるような言葉での説明を整えたいと思っています。

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