お知らせ
ある時から
人は
あと何回 桜を愛でれるか…
数え始める
一年に一度 巡り来る春、
その芽吹く季節に 自身は もう一度 出会えるのか…
ふと 考える
人間 50年以上生きていると
10年…10回の花見、
その季節のスパンが 決してそう長くない時間であることを 知っている
生きている とは 死んでいない という状態の連続である
21歳の特攻隊員が 後輩兵士たちに遺した言葉が SNSで話題になっている
牛や馬は「一頭」、鳥は「一羽」、魚は「一尾」と数える。
なぜか?
それは、動物の数え方は「死んだ後に何が残るか」で決まるんだ。
では、人間はどうだ?
「一名」。
そう「名前」だ、
人間は死んでも「名前」は残るんだ。
自分の大事な大事な「名」に恥じない「生き方」ができているか?
一回きりの人生、後悔せぬよう意識すべきことは、
「能力」ではなく「生き方」でな。
「知識」ではなく「行動」、
読むべきものは「空気」でも「本」でもない、
「自分の心」だ。
明日 人生が終わると思って 生きなさい。
永遠に生きる と思って学びなさい。
22歳の彼が 桜を見ることはなかった
深く 沈降
静かに 潜航しながら
広範囲を見渡し
吸収、分析、構成、構築、
潜みながら 全体を見極め
バランスをはかり 策を投下
全てが完璧でなくとも
痛み分け
循環することを画策
自らは 流れの一鎖であっても構わない
一人勝ちをせず
個を全の下に埋め込みきれる胆識
循環の継続
全の連鎖を 個への固執と我欲で 止めない
そこに徹しきれる 老成 が
大人たちに 求められている
人生100年時代への変遷
人生50年時代から 構造が様変わりする…
多岐にわたり 体制が 否応なく変わらざるを得ない
老成…
老いて成る では次元が低い
成るために老いる時代に
老成…
老生は 次に続く循環のための熟成された土壌となり
遠い夢物語でない未来に 漕ぎ出す 今を生きる若者たちを尊ぶことに
身を呈し 貢献する 獅子が如くの道でありたい
バトンタッチを見据えての還元
それが 誰もが通る 生きれなくなることの前の
老いる意味 でありたい
(記: 前澤 祐貴子)