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老成学研究所 > 時代への提言 > 『天体衝突現場への旅』5回シリーズ 寺川進 > 『天体衝突現場への旅』第4回/全5回シリーズ 「第4章 太陽系のどこかで (地球、月、木星)」 寺川進
『天体衝突現場への旅』
5回シリーズ
第4章
太陽系のどこかで
(地球、月、木星)
寺川 進
惑星の形成
惑星の形成の過程は、さしあたり、太陽系の惑星のみを対象に考察するしかない。太陽系の惑星の誕生の過程では、前の世代の星の死に由来する塵やガスのような星間物質が、電気的な力で引き合って凝集する。そのようにしてできた砂や小石の大きさのものが、いくつか近寄って、ガスが漂う宇宙空間の中を移動すると、ガスの風を受けることになるので、自転車競走の選手たちのように、互いに固まるようになる。
そのように成長して大きくなると、今度は、万有引力が働くようになる。すると、周囲の小さな岩石を引き寄せて、急速に成長する。このような過程は、見方を変えれば、小さな天体同士の衝突ともいえる。もちろん衝突速度が速すぎれば、お互いに粉々になってしまう。ゆっくりした衝突は、成長に繋がる。そのうち、公転軌道が同じ所に在る小惑星や岩石のようなものは、その軌道の主となる大きな天体に引き寄せられて、吸い込まれるように掃除されてしまう。このように軌道のゴミを集めて清掃する力のある天体が惑星であると定義される。
太陽系全体が誕生するとき、太陽からの距離に応じて受けとる熱量が小さくなっていくので、宇宙に散らばっていた物質は、特徴を持った分布をするようになる。丁度、小惑星のある辺りを境に、太陽に近い領域では、水が蒸発し、宇宙に飛散する。それより遠い領域では、水は氷となり、岩に凍り付いたりして、小天体を形作る主たる材料となる。
氷が付着している状態の岩石同士は、適度な速さで接触すると、摩擦で氷が溶けて水とな り、一時的に表面張力が働く。その作用で、接触した岩同士はくっつくことができる。小惑星帯以遠の惑星は、軌道が長く、出会う塵や岩石が多いことに加えて、氷の接着力が強く働くので、急速に成長することができる。大きな塊になれば、 発生する引力はどんどん強くなり、周囲のガスや塵を効率的に引き寄せることができる。このため、外周部には大型の惑星が形成される。
そのような成⻑の経過に応じて、太陽の近くには、岩石を主体とする小さい惑星、すなわ ち、水星、金星、地球、火星ができる。その外周領域に木星、土星のような巨大ガス惑星や、 その外側に天王星、海王星のような氷を主体とする巨大氷惑星ができる(氷は、惑星内部では、高温のため水になっている)。最近は、大望遠鏡によって、遠くの恒星に随伴する惑星、 すなわち、系外惑星の観測ができるようになり、こうした比較的小さな岩石惑星と、巨大なガ スや氷の惑星の位置関係が、太陽系の惑星の並び方と同じであるものが見つかるという。
こうした惑星の存在する領域の、さらに外周部には、岩よりも氷の方が多く存在する小天体が残った、と考えられている。この最後のグループに属する天体は、大空間で密度が低いため、互いに接着しないまま、太陽の周りを百年以上かけて公転する。公転軌道は円に近い楕円のものが多いが、中には、最外縁部と中心の太陽を直線的に結ぶように、著しく潰れた形の⻑楕円軌道を持つものがある。そうしたものが、太陽の近くにやって来ると、尾を引くようにな り、彗星として観察される。
月が誕生する原因となった天体衝突は、ジャイアント・インパクトと呼ばれている。1969 年にアポロ 11 号が月から持ち帰った岩石の成分は、地球の岩石の成分と殆ど同じであり、月が地球と紛れもない兄弟であることを示した。月の大きさは、地球の 1/4 であり、衛星としては、他の惑星に類がないほどの異常な大きさである。こうしたことから、長い間、月は、地球とは関係なく、どこかでできてから、地球の引力に捕捉されたのではないかと考えられてきた。しかし実際 は、かつて、かなり大きな未知の天体が、地球に、その縁をかすめるような方向で、衝突してできたというのだ。そのとき、地球の一部が大きく破砕され、衝突天体が砕けてできた岩石と共に、 宇宙空間に飛散放出された。それらは初め、ばらばらになっていたが、次第にひとつにまとまり、月になったという。
月には、空気も水も無いので、飛来する天体が衝突してできるクレーターは、その形を⻑く留めている。その結果、月の表面には、ガリレオが最初に見て驚いたように、沢山のクレータ ーが残されている。そんなクレーターは、適当な時間間隔で確率的に造られたものと思われて いる。しかし一時的には、できる頻度が高まることもあるようだ。今から8億年前には、多数の隕石群が、短期間に集中して衝突したことがあるという。どうしてそんなことが分かるのか、不思議な話である。
小惑星と彗星
小惑星は、火星と木星の間の軌道に存在し、太陽の周りを公転している。その数は、何十万個にもなる。土星の環と似ているといえる。かつてその軌道にあった惑星が、他の天体との衝突が原因で、細かく破壊された跡なのか、あるいは、未だ集合しきれず、惑星になりそこねた岩石のグループなのか。現在の小惑星を全部集めた時の体積は、地球の 1/10 以下と計算されている。また、一部の小惑星グループは、現在の軌道を時間を逆に辿ると、一つの点に収束するという。
この軌道にある小惑星群は、なぜ普通の惑星になるのに時間が掛っているのか、謎である。元々、惑星の並び方に関するティティウス・ボーデの法則という経験則がある。
ティティウス・ボーデの法則
d = 0.4 + 0.3 × 2 n
ただし、d は太陽から惑星までの距離 (天文単位 AU で表す)。
nは惑星固有の数値。水星は −∞。金星は 0。地球は 1。火星は 2。
n = 3 の位置に小惑星帯がある。 木星 4。土星 5。天王星 6である。
海王星は 7であるが、実際の軌道⻑径とは、30%合わない。
この法則によると、火星と木星の間には、ひとつの惑星があるはずなのだ。木星の引力の潮汐効果によって、今の小天体に分けられたままになっているようだ。また、木星の軌道上の前後 2 カ所 (中心角で ±60°の位置)にも小惑星群が存在している。その位置は、太陽と木星を結ぶ直線を一辺とする正三角形の頂点である、いわゆるラグランジュ点に当たる。現在、小惑星は、安定に公転しているが、ときどき、互いに接触・衝突して、その軌道が変わり、地球との衝突コースに乗り入れてくる。地上の大災害の元である。
小惑星からの反射光を調べると、表面が黑いものも多く、炭素質の物質があるという。そのことは、小惑星が高温にさらされたことが無いことを示しており、太陽系形成の初期の状態を維持しているものといえる。岩石全体としては、大体、地球にもあるような成分でできてい る。ただし、イリジウムなど、地表では稀な金属の含量が相対的に高いものも多い。イリジウムは金やプラチナに似た重い金属で、中性子星同士の衝突でのみ作られるという。したがって、稀な原子である。他の金属と結合しにくいため、宇宙空間に単独で存在し、惑星や小惑星が生まれた場所の違いで、存在量が大きく変わることになる。
小惑星は岩石質であるが、地球の大気圏に突入すると、数千度の高温となり、光と熱を出しながら、地上に落下する。中には、地表に近づくにつれて、大気圧が上昇するので、中心に向かって圧し潰され、それが引き金となって、内部の岩が砕けて、溶解、気化し、爆発的に破壊されることもある。
地球に飛来した天体のあるものは、空中爆発を起こした。そうした天体は、小惑星なのか彗星なのか? そもそも、彗星は太陽系の中でどのような存在なのであろうか。彗星も惑星に比べれば、遥かに小さな天体である。多くの彗星は、惑星が公転している領域よりもずっと遠方に故郷を持つようである。惑星が存在する領域の外側には、エッジワース・カイパー・ベルトと呼ばれる領域があり、準惑星(冥王星やカロン)や氷を大量に含む小天体(微惑星)が広い範囲に散らばっている。最近は、このような小天体も小惑星と称されることもある。さらにその外側には、オールトの雲と呼ばれる、より小さな物体の群れが存在している。ここまでを太陽系とすると、その系全体の半径は、地球と太陽間の距離(1天文単位: 1 AU)の 数百倍である。
岩に多量の氷を付けた天体は、太陽系辺縁部から太陽のそばにやってくると、太陽からの熱と光を受け、水とイオン化した有機分子を蒸発させて、尾をたなびかせるようになる。これが典型的な彗星である。尾は2つできることが多い。一つは、本体から蒸発した水や分離した小石などが、彗星の軌道の後ろに拡がりながら残されるもので、いわゆる彗星の尾や箒として、 ときには肉眼でも見られるものである。もう一つは、温度が上がってイオン化した小さな分子の集団で、微量のシアン化物などを含む。これは、太陽からのイオンの流れ、いわゆる太陽風に流されて、太陽の反対方向にたなびく性質がある。2 本の尾は、彗星の位置に応じて、その方向を変える。尾は、彗星が太陽に近づくほど、多くの氷が溶けて蒸発するので、明るくなり、 離れていくと消えてしまう。
このような彗星型天体は、大量の水を保持しており、その中心には大きな氷の塊が閉じ込められていることもある。それが地球の大気圏に突入すると、その外周部は高温になって火球を生じる。そして、ある時点で、岩石質の構造で囲まれた内部にも熱が伝わっていくと、氷も水も一気に蒸気となり、大爆発となる可能性がある。水と鉱物では沸点が大きく異なり、数千度に熱せられた時の水の爆発威力は鉱物のそれよりずっと高いのではないか、と想像される。
海の水はどこから来たのか
地球誕生間もない頃には、太陽系の辺縁領域から、多くの彗星が岩石惑星のある太陽近辺に飛来して、頻繁に惑星に衝突し、そこに水をもたらした、と考えられている(松井考典、阿部 豊)。多数の彗星がそのような運命を辿ったのは、木星が一時的に、太陽の方向に近づいていて、彗星の軌道に影響を与えたからだという説もある。そのような衝突の結果、金星や地球および火星に海ができた、と想像されている。金星では、高温のため、全部の水が蒸発して空を覆う厚い雲となっている。火星では、昔は、川や海があったが、引力が小さく、地磁気が弱いため、太陽から吹いてくるイオンの風が、殆どの水を宇宙空間に吹き飛ばした。地中にわずかに氷として残った水と、極地帯で凍っている水だけがあるのみ、とされている。月の水もほぼ同様の状況のようだ。
地球では、温度、地磁気、重力の条件が最適となり、水が液体の形で大量に残され、海や雨となっている。その量は、地球全体の体積と比べれば、わずか 0.023% の少量に過ぎない(図 1)。この量も、絶妙であり、多過ぎれば、地球全表面が海となってしまう。少な過ぎれば、 地上に降る雨の量が少なくなる。いずれにしても、今のような地上の多様性は見られなかったことであろう。
大海原を見ながら、この大量の水が、かつて彗星によって太陽系外縁部の遠方から地球に運ばれてきたものだと思うと、それだけで、壮大な宇宙の営みにため息が出る。海は天体衝突の現場なのだ。もっとも、最近は、地球のマントルや小惑星の岩の中にも、水素や水分子は十分に含まれているとする説も主張されている(後述)。
つまり、地球表面に大量の水が在っても、その水の大半が、地下深くに送り込まれ、液体金属コアに閉じ込められるということになる。地球形成の初期には、多数の不安定小惑星があ り、それらが地球に落下したということを考えると、地球の水は現在よりはるかに多いはず、 という計算もあり(阿部 豊)、謎であったが、このような水の地球内部への取り込みが起こっていれば、理解できる話である。地中深くに大量に貯蔵されている可能性のある水は、地表が水で覆われてしまわないようにする、何らかの調節機構の謎を秘めているかもしれない。
有機分子はどのようにできたか
地球上でどのように最初の生命が生まれたかについては、色々な研究がある。生命の元となる有機分子がどのようにできたか、という問題も、多様な道筋を考えることができる。最初のきっかけとして、電気放電(稲妻やスパーク)により、水素、メタン、アンモニアと水蒸気の混合ガスから、シアン化水素とアルデヒドができ、それらが反応して、アミノ酸ができることを、ミラーとユーリーらが見出 した。ここから、彼らは、原始地球での生命誕生のシナリオを説いた。後に、彗星が地球に飛来し、それが水だけでなく、小さな有機分子も含んでおり、地球に生命体の材料を最初に運んだという説も現れた。
最近の宇宙電波の分光学的な研究では、宇宙空間の随所に、尿素、アンモニア、アセトン、 シアン、グリセリン、アミノ酸、炭酸化合物などの有機分子が存在することが示されている。 宇宙空間には希薄ながらも無機分子が漂っており、それらが、熱、光、放射線などからエネルギーを得て、化学反応を起こして、有機分子となることは十分にあり得る。それらの有機分子が、広大な宇宙空間を飛翔する彗星や小惑星によってかき集められ、原始の海に運び込まれたとしてもおかしくないのだ。
宇宙から飛来して地上に落下した隕石の一部には、黑っぽく見える炭素質コンドライトを含むものがある。これは、アミノ酸や脂肪酸を含む岩石状(主に珪素質)の粒子である。直径 1 mm 以下が多く、標準的な大きさの惑星になる前の物体の姿と考えられている。それらの有機物は、200°C以上の高温になると、分解・気化してしまうので、黑っぽいということは、有機分子が高濃度に残っていることを意味している。つまり、彗星や小惑星の中に、原始太陽系の最初の姿を保っているものがある、ということだ。なぜ、それらが小さいままでいながら、⻑い間、安定していたのかについては、木星の潮汐力のような、物体を引き離し、破壊することのできる力の効果が、考えられる。
初期の太陽系の様子を探るべく、小惑星リュウグウに送られた日本の宇宙探査機はやぶさ2 は、そこから標本を持ち帰ることに成功した。密閉容器の中の気体標本は、高い濃度のヘリウムを含んでいた。それによって、採取した標本が、本当に異星の地から来た物であることが確認された。そこで、中の岩石標本の一部を質量分析器によって調べると、生体材料であるアミノ酸、代謝の補酵素であるビタミン B3、遺伝物質材料である核酸塩基(ウラシル)などの有機物が検出された(高野淑識ら)。リュウグウは、全体に黑っぽい色をしており、太陽光の反射率がとても低い。これは、炭素の存在を示す。それでリュウグウは、C型小惑星と呼ばれる。炭素の化合物も多く存在すると考えられていたことが、実際に、証明されたのである。
2022年には、DNA のすべての種類の塩基が、マーチソン隕石などの複数の隕石から見つかっている(大場康弘ら)。マーチソン隕石は、46 億年前にできた小惑星に由来する炭素質コンドライト(球粒体)である。その頃は、太陽系形成の初期であり、そうした早い時期から DNA の材料が宇宙にあったことになる。最新(2025年1月)の発表では、NASAのOSIRIS-REx探査機が小惑星ベヌー(ベンヌ: Bennu)から持ち帰った標本で、5種類の核酸塩基を含む、炭素化合物や窒素化合物など1万種以上の分子が同定された(同グループ)。低温の液体アンモニア中での化学反応が注目されるという。
さらに有機物が作られる反応経路として、宇宙から飛来する隕石や小惑星自体が、有機物を含んでいない場合でも、それらが地上に衝突する際には、高温高圧が発生し、それによって、 すでに地上に豊富に存在する無機分子から、有機分子が瞬時に生成される、という考えも提唱されている。実際に、研究室で超高速(1 km/s 以上)の衝突を再現した実験によって、有機分子が生成されることが証明されている(保井みなみ ら)。リュウグウからの標本に見出された有機物が、リュウグウに他の小惑星が衝突したときの熱で作られた、ということも考えられる。
尖った先端を持つ円錐形ダイアモンドを2つ用意し、先端同士を向かい合わせにする。その間の微細な隙間に、マントル物質と鉄コアを鋏んで両側から圧縮し、極限の高温高圧(5000°C、360 万気圧)をかけ続ける、という実験が行われた。その結果、マントル内の水(水素)が鉄コアの方へ移動することが見出された(廣瀬 敬)。これは、 原始地球に彗星や小惑星が到来して蓄えられた水が、地下深くのマントル内に移行し、さらに、その下にある液体金属(主に鉄)でできたコアに溶け込んでいく可能性を示した。
さらなる実験では、地下深くの岩石に初めからあったような、簡単な有機分子(尿素、グリセリン、シクロヘキシルフェニルケトンなど)の混合物だけでも、高温高圧(400°C、100 気圧)に ⻑時間(5 時間)おくと、石油のような液体に変化することが示されたという。できた石油の層の下には、きれいに分離された水までできるという(中野英之)。それほど極端とはいえない物理条件は、小惑星が初めに大きくなっていく過程においても、実現しうるものである。衝突ではなく、一部の放射性元素の崩壊による発熱によって、十分に到達できる温度である。小惑星の中心や地球のマントルから、石油と水が同時に作られた可能性もあることになる。
天体衝突からはずれた話であるが、すでに、海洋底に、いくつもの熱水噴出孔というものが見つかっている。そこからは、400°Cを超えるほどの高温の熱水が、絶え間なく湧き出ており、その中には、バリウム、カルシウム、シリコンなどの金属類と硫化水素、メタンなどが豊富に含まれている。それらに依存したバクテリアが増殖し、その上に巻貝、エビ、カニ、さらに独特の生物としてチューブ・ワームなどがコロニーを作っている。ほとんど太陽光に依存しない生態系が存在している。これらを生かしているものは、地下のマグマの熱エネルギーと、少量の有機物である。それらは、地球形成期の岩石中に残されたものか、あるいは、後に岩石中に送り込まれたものか、両方かもしれない。
原始の地球には、水素や有機物が初めから存在し、彗星や小惑星で運ばれてきたものと一緒 に、地中深くのマントルや溶融金属コアの層に引き込まれてしまうというシナリオも受け入れやすい。これまで、石油は、古代のシダ植物が地中に堆積して、⻑期間、高温高圧に曝されることにより生成された、と考えられてきた。そのため、埋蔵量から見積もって、50 年も使用し続ければ枯渇する、との計算が信じられてきた。しかし、石油生成の元となった物質が、 古代の植物ではなく、岩石や鉄物質中に含まれた炭素や水素だったとすれば、未来のエネルギー予測は大分変ってくる。実際、頁岩層に特有のシェールガスは、こうしてできた有機物なのかもしれない。地球温暖化の原因が、炭素系燃料の使い過ぎによる二酸化炭素の発生にあるとすると、その解決は、二酸化炭素を、それが誕生した地中深くに戻してやることしかないのかもしれない。
このように見てくると、始原的な単体の元素がエネルギーを得て結合し、有機的な分子が生成されるという道が、天体の衝突の中に沢山あることになる。そして、それ以外にも補助的な生成経路がいくつもあるのだ。宇宙空間にも、そして、恐らく多くの惑星やその衛星にも、有機物は存在するであろう。宇宙というものは、無機的な元素を作り出しただけでなく、次に有機分子を作り出すための道を何通りも用意し、何とかして生命の誕生を実現しようとしているかのように思われる。ヒトを初め、生命というものは、宇宙が存在する以上、必ずできるべくしてできたものなのであろう。
誕生と消滅
彗星が他の天体へ衝突する様子を、しっかりと目撃し、科学的に書き残すことができたのは、 現代になってからである。1994 年、シューメーカー・レヴィ第 9 彗星(通称、SL9)が、木星に衝突したときは、こういう大災害が本当に起こるものなのだということを、信じられない思いの人類に、文字通り衝撃的に突き付けた。この彗星は、既に大分前から木星の重力圏に捉えられており、1992 年に木星に大接近し、その大きな重力のせいで、引き裂かれるようにして、21 個の核に分裂していた。最大の核でも、直径は 5 km である。それらの断片は、列車のように一列に並んで、1994 年 7 月に、6 日間かけて、次々に木星に衝突した。まるで、漫画の中の銀河鉄道 SL9 が、まちがった終着駅にでも突っ込んでいくシーンを、見ているかのようだ。
実際の衝突速度は 60 km/s という、とてつもないものであった。衝突の中心は、地球から見て、木星の朝の地平線のすぐ向こう側であった。それでも、その衝突時の閃光は、木星の衛星からの反射や、近赤外線の散乱光として、カメラに捉えられた。木星の速い自転によって、 十数分後には、衝突箇所は地球から直接見える領域に回って来て、木星のすじ状の雲を大きく乱す大噴煙が、並ぶように次々に現れた。噴煙は高温のキノコ雲となり、高さ 3,000 km まで上昇した。
地上の大望遠鏡、ハブル宇宙望遠鏡、惑星探査機ガリレオなど、ほとんど全ての地球の観測の目が木星に向けられた。固唾を呑むような信じられないシーンが目撃され、撮影され、計測された。木星の雲の中に生じた衝突痕の中には、地球より大きなものもあった。木星の雲の層は、木星の大きさの大部分を占めるほど厚い。木星には極にオーロラが生じるので、中心に溶融金属の核が存在すると思われるが、それはあまり大きくないと考えられている。つまり、彗星は、木星深くの地表に衝突したのではなく、最上層の雲に突っ込んだだけで、核爆弾が爆発したよりもはるかに大きな爆発力を発揮したのである。
天体同士の衝突は、太陽系の誕生初期には、惑星の形成過程そのものであった。小さな天体の集合や結合によって、惑星は次第に大きくなった。引力が強くなるとともに、小惑星や彗星の衝突が繰り返され、大気となるガス分子や海となる水・氷、そして複雑な形の有機分子がもたらされた。それらを糧として、生命体が生まれた。こうして見ると、天体の衝突が、生命が生まれる材料を供給し、生命が進化・発達する舞台を用意したということが言える。しかし それだけではない。天体の衝突によって、恐⻯が絶滅し、ジャワ原人が消滅し、ソドムの街が壊滅した。彗星が木星に衝突したシーンは、天体衝突というものが、生命の誕生と消滅の両方に関わる運命の指揮棒であることを、明白に教えてくれている。
天体の衝突は、太陽系が誕生する過程で、また、地球が生まれるために、中心的な役割を果 たした。衝突が起こるたびに、大きな変化が起きた。衝突は、いわば、誕生と成⻑を刻む時計の秒針のようなものであった。我々は、ある程度、等間隔の時間で、空からの大隕石の落下が起こると考えがちである。しかし、どうもそうとは限らないようである。
アポロ 12 号は、2 回目の有人月面着陸を目ざし、ピンポイント着陸に成功した。月で最も目立つ模様である、コペルニクス・クレーターから放射状に広がる光条(白く輝くすじ)の真上 に着陸し、その特異な地質を調べ、岩石を持ち帰った。月の石のウランの放射性同位元素が分析された。その結果、光条ができたのは 8 億年前であることが確定された(寺田健太郎)。つまり、コペルニクス・クレーターを造った天体衝突が、8 億年前に起こったことが、確定した のである。
その後、日本が打ち上げた月衛星カグヤは、月面の高分解能写真を多数撮影した。その写真から、クレーターの生まれた年代が測定された(持田智克ら)。その手法は、こうである。まず、月の海は、マグマの湧き出しによって平面的な地面ができた所、と考える。すると、あるクレーターの内側が平らであれば、そのクレーターは、マグマ流出の前からあったもの、と言える(マグマは液体であり、環状の稜線を通り抜ける)。逆に、クレー ターの内側の面がでこぼこにへこんでいれば、そのクレーターは、マグマが広がった後に造られたものなので ある。この理屈から、クレーター内平面の凹凸や高さを調べれば、その形成年代の前後が決まるのだ。こうして、クレーターができた年代表を作ると、一定時間内に、いくつのクレーターができたか、というグラフができる。そのグラフでは、6.6 億年前の大きなピークと、その前後に小さなピークがあるような分布が読みとれた。
月のクレーターの年代測定では、隕石落下は等時間的な間隔で起こると仮定されている。それを、稀には多数が短期間の間に落ちることもある、と考えを変えてみると、6.6 億年を中心とした複数のピークがあるグラフが、8 億年前のひとつのピークだけに収束することが分かった。このことから、8 億年前に、月と、そのすぐ隣にある地球とに、推定総計 30 兆トンの隕石群の集団的な衝突が起こったことが、確定的になった。
一方、小惑星集団の軌道計算から、小惑星がいくつかの共通祖先をもつグループに分けられ ることが明らかになった((ビル・ボッキ―)。そして、小惑星ベヌーやリュウグウの表面スペ クトルの分析から、共に、オイラリア族と命名された集団に属するものであることが結論され た。このグループは、太陽系が形成された初期の、直径 100 km ほどの大きな小惑星が、他の小惑星と衝突して粉々になったときの残骸だと想定される。現在のオイラリア族の小惑星の軌道を、過去に 8 億年遡ると、それらは一点に収束するという。残骸の一部のグループは、木星の引力によって、大きく軌道を変えられて、月と地球がある方向に向い、一団となって両天体に降り注いだということになる。
8億年前の小惑星大量衝突は、地球に何をもたらしただろうか。地球史の初めから 35 億年間に現れた多数の岩石標本で、中に含まれるリンの量が測定された。その結果、丁度 8 億年前に、リンの量が急上昇していることが見出された(クリス・ラインハード)。リンは DNA を作る上で必須の原子であり、その増加が、DNA の大量生産に繋がり、多細胞生物が生まれるなど、生物の多様化と複雑化が生じることになった。海水中のプランクトンが増加し、それによる酸素濃度の上昇が起こり、生物種の爆発的増加に繋がった。それが、2 億年ほど後の、エディアカラ化石生物群を生み、それに続くカンブリア紀の生物大爆発(大発展)に繋がった可能性がある。実際は、8〜6 億年前は、地球の寒冷化が起きて、全球凍結状態が 2 度ほど繰り返されたという説もあるが、地球環境の大異変があったのは確かなようだ。8 億年前にあったと想定される、小惑星シャワーのような隕石落下でできたクレーターは、まだ、地上では発見されていない。私が、過去に、その衝突現場のどれか一つにでも旅をしていたかどうかは、分からない。
最近、岐阜に、貴金属元素の一つであるオスミウムを含む、イジェクタ層があることが発見 された(尾上哲治)。オスミウムの同位体分析から、この地層は、2 億 1 千 500 万年前の三畳紀のものであることが分かった。その年代と組成から、カナダ東部のマニクアガン・クレーター からの放出物(イジェクタ)と推定された。小惑星の直径 は 8 km ほど。衛星写真から分かるクレーターの直径は 100 km。衝突が起こった時期には、放散虫(プランクトンの一種)の化石の種類が激減していることもわかり、三畳紀を終わらせる大絶滅の原因になったのではないかという。この時代に続く白亜紀は、一転して、恐⻯の大繁栄と原始的哺乳類の誕生の時代となるのである。クレーターの跡であるマニクアガン湖は、珍しい環状の形をしている。私は、 800 km ほど南⻄にあるモントリオールに神経科学会で行ったことがあるが、その湖のことはまだ知らず、行く由も無かった。
イスラムの聖なる石
その他の隕石衝突にまつわる話として興味深いのは、イスラムの聖なる石のことである。イスラム教の聖地(メッカ)には、巡礼者の目指すグランド・モスクという巨大な円形の建物がある。天井のないところは、野球のスタジアムと少し似ている。建物の中に入ると、とても良いバラの香りに満ちているという。中は空の見える大きな広場になっており、中央に、直方体の形で黑 い幕で覆われたカアバ神殿がある。黑幕の4つの面には、コーランの言葉が金糸で織り込まれている。イスラム教徒は、一生に一度は巡礼をして、お参りすべきところである。万を超えると思われる人々が、黑い建物の周囲を、7回、ゆっくりと回りながら、懺悔をしたり、祈りをしたり、死者に話しかけたりする。このタワーフと呼ばれるお参りをする様子は、実に、敬虔な印象を与える。大きなマニ車をゆっくりと回しているようでもある。
黑幕で囲まれた建物の中には柱しかないと言われるが、祀られているのは、天から贈られた神聖なる物、即ち、黑い隕石だ、とする話がある(ヒストリー・チャンネル:宇宙の歴史)。 アダムとイブがその隕石を見つけたが、その後、洪水で消失してしまったという。しかし、アブラハムが再度見つけ出すことに成功し、息子のイスマエルと共に、メッカにそれを納める神殿を建てた。これが、カアバ神殿の始まりであり、以来、その隕石はイスラムの聖なる石とされ、 カアバの黑い石として祀られている。神殿の黑い幕は、黑い隕石(炭素質コンドライト?)を象徴しているのかもしれない。天から来た石は、天界との繋がりを持つものと信じられ、カアバ神殿は神を崇拝する場所となった。
オームアムア
2017 年に発見された新天体、オームアムア(Oumuamua)は、長さが 800 mで幅が 35 m という、とても細⻑い形をしていた。これまで人類が遭遇したことのない異様な形で、異星人の宇宙船ではないかと考える学者も出た。⻑さの方向を半径にして回転していたため、明るさが 8 時間周期で大きく変動して見えた。
その飛来軌道を調べると、なんと、太陽を焦点とする双曲線の形をしていることが分かった。これは、太陽系内の天体に関するケプラーの法則に合わない。つまり、この飛来物が、太陽系の外から来た天体であることを意味している。間違いなく、人類が、史上初めて遭遇した異形の物体ということになる。命名は、ハワイの天文台で発見されたことから、ハワイ語で、遠くからの客を意味するという。太陽に近づくと、鋭い曲線を描いて方向を変え、30 万 km/h の速度に加速(swing by)して太陽系から遠ざかっていった。彗星のように何百年後に再び現れるということなく、二度と観測できない遠方へ飛び去ったのである。
この天体は、地球を含めて太陽系のどの惑星とも衝突することなく、無事に太陽系を通過し ていった。しかし、まったく突然に現れて、1 週間ほどで飛び去ったという経緯は、脅威に値する。太陽に衝突するならば、あまり脅威とはならないであろうが、地球に衝突していれば、 その大きさから考えて、都市の破壊や津波の発生は、途轍もない大災害となっていた筈である。どこか、太陽とは別の恒星系に属していた惑星に他の小惑星などが衝突し、大破壊が起き、そのときに飛び散った岩塊が、たまたま、太陽系の方向へ、何億年かの旅をしてやって来たものであろう。つまり、飛来した隕石そのものが、天体衝突の証人のようなものである。 それにしても、銀河系内を疾駆する列車のような姿は、銀河の深奥からの⻑い旅を象徴するようである。
太陽系外からの飛来物が存在するという新しい認識の下に、過去に見出された新天体の軌道が再調査された。すると、アメリカ軍の偵察衛星が2014年に記録した隕石で、軌道が双曲線をなす物が確認されたという。その目で見ると、太陽系外から飛来する天体の数は、意外に多いのかもしれない。