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【寄稿B】《No.23》 「よくよく みてみれば」 西遠女子学園 学園長 岡本肇
時代への提言 | 2025.05.23

 

©︎Y.Maezawa

よくよく みてみれば

西遠女子学園 学園長

岡本 肇

小津安二郎監督の「秋刀魚の味」をNHKプレミアムシネマで久しぶりに観た。

小津監督が亡くなる前年に撮られた最後の作品である。

何回か テレビで観ているが、ストーリーの中に秋刀魚が一度も出てこないのが気になっていた。

今回も 気をつけて観ていたが、やはり 秋刀魚は出ていなかった。にほひも 煙らしきものもなかった。

©︎Y.Maezawa

妻を亡くして 長女(岩下志麻)と次男の三人で暮らしている平山(笠智衆)が 

女手として つい便利に使ってしまった娘を嫁に出すまでのストーリーである。

話は 平山(笠智衆)たち旧制中学の同級生が 40年ぶりに 

元漢文教師のヒョータン(東野英次)を 料理屋「若松」へ招待するところから始まる。

ひとかどの地位にある教え子の前で ヒョータン(東野英次)は「本日は 結構なおもてなしにあずかり、皆様の温情に接し、私は幸せです。」と ヨレヨレの背広を着て 卑屈に頭を下げる。

その一方で 日頃 口にできない料理や酒を 片端から片付けてゆく。

ここでの ヒョータン(東野英次)の哀愁と滑稽の演技は 絶品である。

ヒョータン(東野英次)は 「これはうまい。これは何ですか。」と訊く。川合(中村仲郎)が やや馬鹿にした感じで 「ハモだ。」 と教える。ヒョータン(東野英次)は 「ウーム、ハモか。サカナ偏にユタカ」と 宙に箸で「鱧」の字を書き 元教師の片鱗を見せる。

「鱧」は出てくるが 「秋刀魚」は出てこない。

すっかり泥酔してしまったヒョータン(東野英次)を 平山(笠智衆)と川合(中村仲郎)が家まで送ると、 そこは裏路地のラーメン屋で 愛想の悪い疲れた感じの女(杉浦春子)が出てくる。ヒョータン(東野英次)の娘である。

©︎Y.Maezawa

後日 平山(笠智衆)は 皆で集めた「記念品代」をヒョータン(東野英次)に届けに出掛け、そこでラーメンを食べていた折、駆逐艦の艦長をしていた時 部下だった坂本(加東大介)に会う。

坂本(加東大介)に誘われ 行きつけのトリスバーに寄る。 坂本(加東大介)はグラスを傾けながら 「ねえ 艦長、 どうして日本は負けたんですかねえ。お陰で 苦労しましたよ。」とこぼす。

「勝ってたら 艦長、今頃 あなたも私も ニューヨークだよ。金髪で青い目の芸者に酌をさせてネエ」と 怪気炎を挙げ始める。平山(笠智衆)は 「けど 負けてよかったじゃあないか」と応じる。

小津監督は 表立って反戦的な映画は撮らなかったが、

作品の各所に 戦争への気持ちを表出している。

©︎Y.Maezawa

バーのマダム(岸田今日子)が 銭湯から帰ってくると 坂本(加東大介)が平山(笠智衆)を紹介する。 マダム(岸田今日子)は 「じゃあ、あれをかけましょうか。あれ。」と促し、威勢よく「軍艦マーチ」が 店内に流れる。

坂本(加東大介)は店内を行進して 海軍式敬礼をする。

「オイ 艦長。艦長もやってください。」と急かす。平山(笠智衆)は テレたように 敬礼を返す。

「軍艦マーチ」は この映画のテーマ曲のように 

その後 何回も出てくる。

後日、「記念品代」のお礼に来たヒョータン(東野英次)に 平山(笠智衆)は 川合(中村仲郎)も誘って 「若松」で席をつくる。

ヒョータン(東野英次)は  また酔いつぶれて 「私はさみしい。人生はひとりぼっち。娘を つい 便利に使ってしまい やりそびれてしまった。失敗だった。」と愚痴をこぼして 横になって 寝てしまう。

哀れなその姿を見ながら 川合(中村仲郎)は 平山(笠智衆)に 「お前も早く娘を嫁にやらないと ヒョータン(東野英次)みたいになってしまうぞ。」と脅す。平山(笠智衆)は ヒョータン(東野英次)の娘(杉浦春子)のケンのある顔を思い出して 急がねば と思う。

©︎Y.Maezawa

平山(笠智衆)は 娘(長女・岩下志麻)が想いを寄せているらしい長男(佐田啓二)の会社の三浦の気持ちを確かめてもらうために 長男(佐田啓二)を トリスバーに連れてゆく。

マダム(岸田今日子)が 「マーチをかけましょうか?」と訊くと、その時は 「いやあ、まあ…」と断る。長男(佐田啓二)に 「お母さんに似ていない?」 と言われて 気落ちしたからか。

三浦とのことは うまくゆかず、

長女(岩下志麻)は 父の勧める見合いを承諾して 嫁にゆく。

©︎Y.Maezawa

次の場面は もう 結婚式当日の平山家の朝である。

モーニングを着た平山(笠智衆)と長男(佐田啓二)が 二階の長女(岩下志麻)の部屋にゆくと 文金高島田、角隠しの長女(岩下志麻)が両手をついて 「お世話になりました。」と別れを言う。平山(笠智衆)は 中腰のまま 「わかっている。しっかり おやり。幸せにな。」と 送り出す。

©︎Y.Maezawa

その次の日は もう 式が終わって、仲人の川合(中村仲郎)の家に寄って モーニングのまま トリスバーにゆく場面である。元気のない平山(笠智衆)を見て マダム(岸田今日子)は 「お葬式の帰りでした?」と言い、「うん、まあ…」と言う平山(笠智衆)に 「あれ かけましょうか?」と「軍艦マーチ」をかける。

レコードがかかると 三十代ぐらいの酔客が 「大本営発表、我が帝国海軍は南鳥島海上にあり…負けました。」と傍若無人に茶化す。

平山(笠智衆)は 恨めしそうに眺めるだけで やがて 悲しそうに一点を見つめる。

©︎Y.Maezawa

夜遅く 家に帰った平山(笠智衆)は 今朝まで長女(岩下志麻)の居た二階の階段を見上げる。

そのまま 着替えもしないで 台所にゆき 酔い覚めの水を飲んで 座り込んでしまう。

そして 「軍艦マーチ」をボソボソと口ずさんで 虚脱したような顔になる。顔だけでなく 体全体が脱力感に溢れ、 人生の淋しさを語っている。

©︎Y.Maezawa

これが 数々の小津作品の名ラストシーンの中の

正真正銘のラストシーンである。

©︎Y.Maezawa

この映画で 主役ではないが 印象的なのは 

ヒョータン(東野英次)」 と 「軍艦マーチ」 である。

敗戦で 多分 公職追放で 職を失った ヒョータン(東野英次)は 自分の娘(杉浦春子)に手伝わせて ラーメン屋を開いて 糊口をしのいだのだろう。

映画が作られた昭和37年は 東京オリンピック開催の直前だった。

日本中が変わろうとしている中で それについてゆけない人たちがいる。

ヒョータン(東野英次)の娘(杉村春子)も 同年代の男の多くは 戦争で死んでしまい、 

結婚しようにも相手のいない年代である。

大きく言えば 戦争の犠牲者なのだ。

©︎Y.Maezawa

小津監督は 戦争中 陸軍軍曹として 満州の徐州会戦に出征している。

主人公の平山(笠智衆)を駆逐艦艦長に仕立てたのは

「軍艦マーチ」が 必要だったからだろう。

平山(笠智衆)には 戦場を縦横に走り回る勇猛果敢な駆逐艦は似合わない。

戦争も終わり、トリスバーで 酔客が 「軍艦マーチ」を茶化したように

パチンコ屋が景気づけに 大音量で 「軍艦マーチ」を流していた。

小津監督は 

時の流れのつれなさ を 

最後のシーンで表したかったのかもしれない。

©︎Y.Maezawa

結局 「秋刀魚」は どこにも出てこなかったが、

昭和35年の作品が 「秋日和」

翌年が 「小早川家の秋」

に なっているので

秋三部作 にしたのではないか と言われている。

佐藤春夫の 有名な 「秋刀魚の歌」からとった というのが 定説である。

(編集: 前澤 祐貴子)

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