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【寄稿C】No.14 「AIと 画像診断と 精神医学と 将棋について」 精神科医 菅原一晃
時代への提言 | 2023.09.15

©︎Y.Maezawa

AI と

画像診断 と

精神医学 と

将棋 について

精神科医

菅原 一晃

現在 AI(artificial intelligence、人工知能)の有効性は 誰でも知っているほどのものになりました。
chatGPTが市役所の議事録作成に使われる という自治体も出てきていますし、私が現在使用しているパソコンやインターネット、スマートフォンでも 多くの技術が使われています。
この AIの技術が 今の私にとって どんな意味を持っているのか について考えてみようと思います。

まず 医療的なことで言えば 画像診断 です。

様々な医療サイトなどでも「この胸部レントゲンに肺がんがあります。診断できますか?」のようにクイズを出されます。
この精度、解析度は半端ではなく、どの医師もびっくりするほどです。「ここまで正確なのか」「人間の目には分からない病変が分かる」「信じられない」「人間は勝てない」などで、人間の医師が優れている、という意見は皆無であります。

画像診断は 私は全くの専門外ですが、私たちが学生時代や研修医で習うのは、「手順に沿って読んでいく」というものです。
胸部レントゲンであれば 中央の肺野を見るのは最後にして、周囲の軟部組織を見たり、色調をみたり、色々外堀を埋めた読みをして、最後に 肺の中心を見ることで読み逃しを減らす という風に習います。

時代は変わって 色々な技術や知識はアップデートしていきますが そのような「方法論」というのは 或いは 教科書的な学び方や教え方というのは それほど変わりはないはずです。

肺に病気があるかないか ということを例にしましたが、病気があるかないか ということは 難しいし、見落としがついて回るのです。その「恐れ」という人間の感情があり、それを回避するための手段が 大袈裟に言えば 発展してきた成果 と言えます。

このような「順番に読む」というのは 医師のよく使う表現ですと 「お作法」というものです。私はこれを 「様式美」 と表現します。「人間原理による様式美の発展」。これが 一般的な読影方法や診断方法なのではないでしょうか。

©︎Y.Maezawa

さて  翻って 精神医学

常々 私は 精神医学の診断の妥当性 といえるものを批判しています。診断したからといって 例えば 「統合失調症」の診断は 同一性を持つものなのか、妥当性を持つものか、これは 非常に疑問なのです。

先程から触れている 肺の画像診断では 肺の細胞を採取して「がん細胞」を特定する ということが可能です。その知見からの逆算にて 診断の正確さが担保されていますが、 精神医学はそうではありません。

「自閉症スペクトラム」「双極性障害」なども あくまで 症状や経過に基づく診断 となっています。「注意欠陥多動障害」「うつ病」に至っては 遺伝子的には全く違うであろう疾患が 間違いなく混在している と思います。
しかし この「診断」に関しては 「人間原理による様式美」の原則がある ということです。

クレッペリンやヤスパースやクルト・シュナイダーらの症状に基づいた診断体系や それらをチェックリスト方式にしてWHO やアメリカ精神医学会が作成した診断基準であるICDやDSMも 人間が作った体系であります。これらのチェックリスト式の診断基準や技術は よく機械的に思われますが 作った人間の立場からすると 人間に理解しやすいように 作られているのです。
それは 画像診断の「読み方の作法」のようなものです。

ICDやDSMにも「人間原理による様式美」は宿っています。

©︎Y.Maezawa

これまで 「人間原理」による「様式美」について 記載してきました。

では 冒頭で書いた AIによる画像診断 はどうか。

一般的には ディープラーニング という技術が使われています。大量に画像を読み込ませて 「この画像では『がん』と検出」「この画像は『がん』ではなく『結核』」みたいな形で 信じられないくらいのデータを読み込ませ 正確さを高め パターン化していきます。

それによって ある画像を見た場合 一瞬で答えが分かるように していきます。どんどん 新規のデータを組み込み 組み込ませていくことで より進化する仕組みです。chatGPTなどは 現在進行形だ と思います。

これは いわゆる「お作法」を すっ飛ばした考え方になります、というより 考え方ですら ありません。「直感(診断)」といってもよいかもしれませんし その診断の過程に なんらかの思考があるかもしれませんが、それは よく分からないことが多いのです。

chatGPTの怖さ というのは 思考過程が分からない怖さ、短絡的に結論を出してしまう怖さ なのだと思います。それは 「人間原理による様式美」と 全く異なっているのです。

ただし…です。
実は 「人間原理による様式美」と書きましたが、本当のところ、これも 人間の思考自体とは異なるものです。

実際には 例えば 胸部レントゲンを見た際 「あっ、これ『がん』っぽいな」「これは違うな」という原理は それぞれの人にあるはずです。

一方で もし 上司に訊かれて「これは なんとなく『がん』 と思います」は言えませんね。思考回路とは別に 「様式美」に沿った形で 論理的に説明していくはずです。

ただし…繰り返しますが、それは 人間の思考過程そのものではありません。

一部の人は 実際に 愚直に 最初から「様式」「体系」に沿って考えるのかもしれませんが、多くの人々、特に 臨床的診断に優れた人たちは 「直感的診断」を使用することが 知られています。

マイケル・ポランニーが 「暗黙知の次元」 とも呼んだものであり、それは ブラックボックスなのです。そのブラックボックスによるものは あまりにも非論理的、非言語的であるが故に 「様式」「体系」を用います。ある意味では 自身の恐怖感を減らすために です。

そう考えると 実際には 人間の思考というのは 「人間原理の様式美」だけでは 動いていないことが わかるはずです。むしろ chatGPTの方が 人間の直感に近い とも思われます。

精神科臨床では 「直感診断」「顔診断」という言葉が しばしば 使われていますが、実際には 侮るべきではないものであり、AI的 とも言えるのです。その「直感診断」を 信じられないくらい回数を重ねて精度を高めたものが AIによる診断なのですから。

©︎Y.Maezawa

このように 人間の思考過程は ブラックボックスが沢山あることが 分かっています。
しかし 一つ言えるのは、直感的な過程と 体系・様式的な過程を どちらも用いて使い分けることが、そして それを(特に後者を)言語化することが その道のプロフェッショナルになることである といえるのではないでしょうか。

そして 前者の過程は 実は AIとも近い部分がある とも言えるのです。

それから AIが盛んになって 変わることがあります。

それは これまでは 上記のように 「どのように人間が考えて判断するか」 というのは 研究対象だったり、興味の対象でした。
「頭が良い人はどのように考えるか」「どうしたら頭が良くなるか」「効率よく作業してパフォーマンスを挙げるには」というようなことで、ハウツーや自己啓発も しばしば 出てくるものです。

しかし 例えば 画像診断などでは、思考過程は不明で ディープラーニングを用いて ではありますが、「この画像から」「正しい診断」ができるようになっています。つまり AIの思考や判断をどう使えば 正しい判断に至るのか ということが 研究課題で 人間の可能性を啓くものになる と言える と思います。
人間の直感的なもの、直感診断を もっと精度を高めるためには ということが、「体系」や「様式美」とは違う形で 解明できたり 人間の能力のレベルアップに寄与し得る要素になる 思います。

©︎Y.Maezawa

最後に 上記が 最も活かされているのが 将棋 です。

何故ならば 将棋では 先手 後手 と 二人に分かれて対戦するゲームではありますが、近年のAIの発展によって どちらがどのくらい良いか というのが分かるようになっています。そこでは ディープラーニングや全局面探索 という技術が用いられ 研究にも採用されているのです。

わかる人は 2022年の名人戦の研究の感想を 渡辺明前名人が話している動画
https://youtu.be/ax7scP3I4ic をご覧ください。

煎じ詰めれば 人間ではわからない「違い」が数値化されており、その理由を考えることで 「意味」や「思考過程」「具体的な手順」「その後どうすれば良いか」が分かる ということなのです。

繰り返しますが 画像診断などは こういうことがやりやすい と思っているのは 上記とパラレルだからです。
「この画像」と「あの画像」は かなり似ているのに 「こちらは『がん』と診断し、あちらは『がんではない』と診断する」理由を考えることで、その理由や考え方が分かる ということだと思います。

逆に 「人間原理」「様式美」しか診断基準として成り立っていない精神医学の将来的な姿は もしかしたら こうかもしれません。
つまり 「遺伝子的なものに基づく診断」があり、それを考えることで 診断の道筋ができる みたいな。

ただし これまでの診断体系、これは 精神病理的なものでも ICDやDSM的なものでもそうなのですが、精神科医は ほとんどこれらに馴染み過ぎてしまったため 上記の形の研究は進まないでしょう。

その意味では、「AI」の思考を考えることが 向いている分野 と 向いていない分野 があり、画像診断は 非常に向いており、医療者のレベルアップに繋がりうる分野 と思います。
精神医学は 遺伝子的な基盤が不明過ぎ、そして そこからのボトムアップ的な解明も 「人間原理」な馴染みの理由により 難しいのだ と思います。

(編集: 前澤 祐貴子)

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