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老成学研究所 > 時代への提言 > 【寄稿A】医師 本郷輝明シリーズ > 【寄稿A】〈13〉第6部 その3 老健入所者 70歳代男性の「孤独」と「老い」の心理 白梅ケアホーム 本郷輝明
©︎Y.Maezawa
第6部
老健入所者 70歳代男性の
「孤独」と「老い」の心理
その3
〜70歳代男性の3人から話を聞く〜
白梅会ケアホーム
本郷輝明
©︎Y.Maezawa
小説家の村上春樹が
「人というのは日々、自分の物語を作り続けている」
ということを 早稲田大学村上春樹館ライブラリーの開館記者会見で語っていた。
(毎日新聞2021.10.24文化の森)
小説家に限らず、我々も日々生きている中で少なからず自分の物語を無意識に、あるいは意識して作り出している。
ただし、自分の物語を記録として残していないことがほとんどである。
私は高齢者の今まで生きてきた物語を聞きたいと思いながら彼らに日々接している。そしてその方々の楽しい日々や仕事の事、辛かったことなどを聞いて、時々この老成学研究所HPに発表している。
私と同年代の70歳代男性は自分の物語をどう作り上げているのだろうか。
いつも静かに生活されている70歳代男性の3人は どんな物語を語るのだろうか。
興味を持って何度か 聞きに行った。
なお、以下の文面についてはUさん、Vさん、Wさんに読んでもらい、
老成学研究所HPへ掲載することの許可は得ている。
©︎Y.Maezawa
Uさん、Vさん、Wさんの3人は
ともに70歳代男性で
同じフロアの同じ一角に住んでいて、
食事も一緒でお互いの顔が見える範囲のところで暮らしているが、
会話はない。
©︎Y.Maezawa
3人共、もう1年以上は同じ場所で暮らしていて顔は知っているはずだが、
会話をしているところを見たことがない。
会話をしようとするだけの、相手への興味がわかないのだろうか。
そんなことを考えながら 一人一人に 話を聞いてみた。
©︎Y.Maezawa
Uさんは認知機能が低下して、
Vさんはクモ膜下出血後に高次脳機能障害を患い、
Wさんは脳梗塞発症後に入所した。
3人とも 家での日常生活を送れず 入所してきた。
Uさんは独身で、VさんとWさんは既婚者で家族がいる。
3人とも施設内で、大声で騒ぐわけではなく、
幻覚や妄想にとらわれるわけでもなく
淡々と日常生活を過ごしている。
UさんとVさんは歩行もしっかりしている。
Wさんの麻痺は軽度で、入所後車椅子生活しながらリハビリに励んでいる。
3人とも失語症はなく 会話はできる。
UさんとVさんの2人は短期記憶が低下し、かつ自分から何かをしたいという意欲に乏しい。
一定のリズムでの生活は支障なくできるが、判断力が必要な場面では戸惑うことが多い。
感情表現も少なく、淡々と施設で生活をしている。
特別な医療処置はない。
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独身のUさんから 少し話を聞いた。
©︎Y.Maezawa
「7人兄弟の5番目で 父も母も優しい人だった。
今までの人生は、半分は面白かったが、半分はつまらなかった。仕事は鉄工所の仕事をしていた。
泳ぐのと卓球と釣りが楽しみだった。
これからの人生は、のほほん、のほほんと生きて生きますよ」
と 笑顔で答えてくれた。
でも、ほとんどご自分からは話しかけない。
このコロナ禍の一年、面会者がいなかったようだが、感想を聞いても、寂しくはなかった、特に会いたい人はいないとのことだった。
他の入所者とお話はしないのかと聞いたところ、全くしないとのことだった。
ただUさんのお姉さん(80歳代)も同じフロアに入所していて、毎日顔を合わせ、食事の時はテーブルを挟んで向かい合わせに座り笑顔で会話をしている。
昔の姉弟という関係を維持している雰囲気が感じられる。
©︎Y.Maezawa
Vさんは 以前、うなぎ養殖に携わっていた。
ウナギの養殖の仕事は面白かった とのこと。
脳出血後リハビリを行い 昨年一時在宅復帰したが、1か月して 誤嚥性肺炎を起こし 病院に入院、その後再度 老健に入所してきた。
このコロナ禍の中で 「家に帰りたいか」とお聞きしたところ、「家に帰りたい!」と 即座に答えた。
©︎Y.Maezawa
入所生活で楽しいことはあるかとお聞きしたところ「ない!ない!ご飯を食べるときだけ楽しい。」との返事だった。
面会者がほとんどいないことについては、寂しくないが、子供や孫には会いたいとのことだった。
しかし、「子供や孫たちがどこに住んでいるか」尋ねても、「分からない」とのことだった。
©︎Y.Maezawa
Vさんは
一人で
窓から外を眺めているのが 好きで、
廊下の端のガラス扉から
浜名湖の景色を見ている姿を
よく目にする。
一人で
ぼんやりと
眺めている時が
気楽で
心が落ち着く
とのことだった。
©︎Y.Maezawa
Wさんも 今までの仕事とか 趣味などのお話をしてくださった。
Wさんは、
「ここの刺激のないダラダラした生活に慣れてしまうと、人間というのは 案外 それに順応してしまう。
以前は もっと燃えていて 意欲的な生活をしていたのだがなあ…
脳梗塞になってから 色々な役割がなくなり、コミュニケーションも無くなってしまった。」
と感慨深げにおっしゃっていた。
同世代の人との会話については、「話が合わないので 全くしていない」とのことだった。
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ご自分の今までのあゆみを質問すれば 断片的に語ってくれるUさんとVさんとWさんの3人の話から、意欲的でないが、誰からも非難されず、命令もされない今の生き方は、気楽で過ごしやすい と感じているように思えた。
「何々をしなければならない」という社会のしがらみから解放されて、
ゆったりと過ごしている ともとれる生活である。
©︎Y.Maezawa
ご自分たちの物語を強いて語ろうとはせず、
かつ 自分からはコミュニケーションを取らず、
気楽に過ごしている姿が
浮かび上がってきた。
これは老健という場が与えている影響なのか、あるいは もともと語ろうとしない性格なのか。
第6部のその1やその2で紹介したSさんとTさんも 他の人と会話をしている姿を見かけていない。
©︎Y.Maezawa
70歳代男性である私自身、不安を覚えた。
コミュニケーションをとるためには、
相手に対する想像力が必要である。
相手の反応を 予測したり、
相手がどんなことに興味を持ち、どんな生活をしてきたかの
想像力を働かせたりして初めて
会話が成り立つ。
相手への興味がない時に
コミュニケーションは成り立たない。
会話が成り立つためには
ある程度 訓練も必要である。
70歳代男性の多くが
コミュニケーション能力を育んでこなかったのは、
技術力を偏重してきた戦後日本のあゆみの結果なのではないのか
と考えてしまった。
(編集:前澤 祐貴子)
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