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老成学研究所 > 時代への提言 > 【寄稿C】医師 菅原一晃シリーズ > 【寄稿C】 (7) 「リスクマネージメントとダメージコントロール」 精神科医 菅原一晃
©︎Y.Maezawa
リスクマネージメント
と
ダメージコントロール
聖マリアンナ医科大学 横浜市西部病院
神経精神科
菅原一晃
現在は感染症、新型コロナウイルスが蔓延し、それが長期化しています。なかなか先の見込みが立たない、そういう不安が強い状況で、どうしていいか分からない人が多いのではないでしょうか。
実際に感染症に罹ってしまうことへの身体的侵襲だけでなく、それへの恐れ・心配による精神的ストレス、それ故に社会が自粛していく中での機会損失による経済的負荷など、多くの問題点を孕んでいる昨今の状況であります。
私自身はこの状況に対して諦め、良くも悪くも普段と変わりない生活を送っていると言わざるを得ない状況 と思っています。
しかし、少しばかり気になることを伝えたく、この文章を書かせていただきます。
©︎Y.Maezawa
私たちが「恐怖」や「危機」に際した時に、「リスク」という言葉を使います。英語のスペルではriskですが、英語を学習する中で似た言葉としてdangerという言葉もあります。カタカナではあまり「デンジャー」「ディンジャー」とは言いませんが、危険なことをする人のことや行為を「ディンジャラス」などは使うかもしれません。
この「risk」と「danger」の違いというのは一言で言えば、その危険が予測やコントロール、管理できるかです。
dangerousディンジャラスというのはあまりに無謀な行動、予期しない行為をしかね無い、予測不能が故に、dangerという言葉を用いています。一方で、経営などに用いられる言葉として、riskに色々付けて、それを管理するならリスクマネージメント、回避するならリスクヘッジ、などのように用いられます。
あらゆることで大事なことは、dangerを如何にriskにしていくか、予測不能なものを予測してコントロールしていくかであります。
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ですが、現在の状況においてはもはやコントロールをできる現状にない、パニックが世界中に、また医学レベルではなく、経済や社会行動レベルにまで至っています。その際に用いられる、というより必要な言葉は「リスクマネージメント」ではなく「ダメージコントロール」です。
私は医師でありますが、医師の普段の臨床活動は飛行機のパイロットや航空管制官の日常作業に比されることがあります。どちらも仕事の内容が自分以外の人間(の生命)に大きく関わることであり、また外部の(天候や環境その他)の影響を受け、死に直接関わる事態に直面することも多いということです。
例えば、世界一試験が難しいと言われている宇宙飛行士では、元々の職業では医師とパイロットが多い。これは上記のように、総合的な能力、平常業務をきちんとこなしつつ、緊急事態が生じた際にも対応しなければいけないという能力を試されているから、とも思います。ですが私の意見としては、医師とパイロットの業務では、医師の仕事、特に病棟業務ではダメージコントロールが多く、パイロットはリスクマネージメントが多いというものです。
リスクマネージメントは文字通りリスクを減らし、遭わないように管理する能力です。一方でダメージコントロールというのは、既にリスクのコントロールができない事態の際に、被害を少なくしようとすることです。
そのためには 目の前の危険が、もはやコントロールできないもの、riskではなく、dangerであることを認識して腹を括る必要があります。
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例えば、救急車で患者が運ばれて、その患者が自動車に轢かれて跳ねられたというケースの場合に、血圧が下がって出血多量で死ぬ可能性があります。また手足や肋骨の骨を骨折して動けなくなる可能性もあります。その場合に優先順位を考えて、骨折などはどうにもならないけれども、出血多量で亡くなる事態は回避する治療、というのが必要になってきます。
どの状態であれば、どのダメージならば甘受し、どこは避けなければならないのか。それを把握することが必要になってきます。医療の場合には、それは決してコントロールできない面があります。患者の個体差や年齢、場合によっては性別、既往歴による部分が大きいので、risk controlが可能とは全く言いがたいことがあります。
私たち神経・精神医学の領域でも、例えば20代で若い患者が興奮して暴れた際に、その後どこまで後遺症、例えば人格水準の低下が残らないようにできるかと言えば、それは医師の領域でマネージメントするのはかなり難しく、「個別の症例による」としか言えないケースが多い、というよりほとんどだと思います。ただし、それでも食事を全く食べないならば、輸液やカロリーを与えることで餓死を防ぐとか、そういうダメージコントロールは必要な訳です。
©︎Y.Maezawa
ここまで説明して、ようやく現在の世界についてのことが話せると思いますが、現時点で私たちが行うべきことは、というよりできることはリスクマネージメントやリスクヘッジではないです。
riskという状況を既に凌駕しており、予測不能な危険であるdangerであることを認識することです。このことは私たちに多くの禍根を残すでしょう。
だから、考えうる悪い状況のことを考えるべきなのです。
1年半以上この状況が続いていますが、さらにこれがもう何年も続く、というように。そして感染爆発が繰り返し起き、最悪各国間は鎖国に近い状況になり、経済活動も鈍化する、というようなことも考えなくてはいけないかもしれません。そのことで金銭的な保証などもないことは恐ろしいことですが、楽観的観測は常に禁物です。出来る限り倹約をするよりないと思います。
ただし、私たちの世界はそうは言ってもグローバルであり、通信手段もあり、困った時にすぐに食べられるフリーズドライやインスタント食品もあるし、またもっと安く自炊をして、作り置きをするための冷蔵庫や冷凍庫もあります。普段は何気なく当然のように感じることが、実は非常に大きなことであると実感します。作家の佐藤優氏が述べていることですか、私たちは昔の貴族以上に便利な生活をしている。そこはあらためて思うところでありますし、備えようと思えばできなくはないわけです。
梅雨の季節でも晴れ間が来る時がある。そこを如何に感じて行動するか、もちろん人混みを避けながら、ですが、その判断を如何にしていくかです。
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とにかく、今の状況が長く続くことは予測しつつ、精神的にも経済的にも、極力ダメージを回避するような生活を心がけることです。
昨年コロナウイルスが流行り出したときに言われていたことですが、ニュートンがペスト禍において、自宅に籠もって色々な法則を発見した、という話があります。私たちはもちろんみなニュートンのように独創的な訳でもないし、彼のように非社会的でもない。それでも読書をしたり、YouTubeやNetflixをみたりしながら、来るべき時のためにアイデアを蓄積しましょう。
長期化するこの状況は倦んでしまう局面も多いですが、どんな状態でもポジティブな要素はあるはずですから。
いま私たちにもできることはたくさんあるはずです。
©︎Y.Maezawa
(編集:前澤 祐貴子)
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