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【読物】記憶 ❷ 編上靴…満州
交流の広場 | 2020.12.18

存在しない地がある

地図から消え去った場所がある

満州…それは記憶にしかない大地

満州

その響きはその大地を知っている者には

一瞬にして心を揺さぶる呪文となる

幻の地

その少年はその大地で編み上げ靴を履いていた

彼の父の愛だったのだろう

当時にしては珍しいその靴は

いくら幼いとはいえ周辺の子供たちの目をひいたらしく

編み上げ靴を履いていた少年の足は

数十年を経た仲間内の思い出話の場で

記憶の引き出しのステッカーとなった

満州 とは実質 1932年から1945年しか存在しなかった

複雑な政治背景を持った地域のことを指す

ある者は国だと言い

ある者は国ではないと否定し

ある者は故郷と言い

ある者は存在しない…と抹殺した

国破れて山河あり

しかし大陸の一部であるその土地において

様々な人々が存在し、生き、

生まれ、死に

記憶の底にその風景、温度、風、息吹き…

人生を過ごした深く忘れ得ぬフィルムを埋め込んだことは確かである

刻み込んだ五官の記憶は良きにつけ悪しきにつけ

終生、満州を知る者としての基軸となった

父はそんな満州にて少年時代を過ごした

その父は軍人であった

満州国皇帝に溥儀を推した大日本帝国陸軍 高級参謀に列する大佐であった

生活は保証されたものであったに違いない

少年の日常に政治や国策や世界情勢は関係なかった

凍るように冷たい大地でスケートを楽しみ

映画を鑑賞し

草野球をやり

軍馬の横で記念写真を撮った

自由と豊かさが活気とエネルギーを巻き起こし

黄砂の霞に揺らぎ立ちのぼっていた

それは少年にとって間違いなくかけがえのない故郷であり

人間の情操を育み、基本的な人格を育成した

満州という島国日本でない大陸の空気感の中で

戦争そして敗戦 という結果がいかなる状況をもたらすかは

時代、国、戦争の種類、相手国…様々な要素要因によってそれぞれ異なり

一概に総論を言うのは難しい…

またそもそも戦争という手段に至るまでに多くの課題、疑問がないはずはなく

あらゆる意味で第二次世界大戦そのものを軽々に語ることは難しい

しかし

満州国で暮らしていた総人口一割にも満たないの200万人余の日本人にとっては

その敗戦は文字通り天国から地獄への現実となった

主には十数社に及ぶ民間企業人とその家族、当時の政府や軍関係者とその家族である

生活、人生の舞台に据えていた満州から

言語を絶する引き揚げで命のみならず魂まで失ってしまった方々…

母国である日本に辿り着いたところで筆舌に尽くし難い苦難の連続…

これを運命というのか

少なくとも敗戦が突きつけるものに深さのないものはない

軍人とその関係者、家族も例外ではない

国を動かす立場にいた者は極東軍事裁判にかけられ

戦場に散った数えきれない命同様

自らの命の始末を預けることとなった

山崎豊子 『不毛地帯』はその徹底的なリサーチにより

その肉薄した状況をある方向からは再現し得ているとも言えるだろう


父が敬愛する“我が父“は極東軍事裁判

巣鴨プリズン

その後を詳しく語る者はいないが、癌で病死した

父は親父の看病をする枕元で卒論を書いた…とだけ、聞いたことがある



故郷を喪う

ということがどういうものであるかを真に理解できるものは

そう多くはないと思う

「捨てる」ということは「ある」ことが当たり前で

「捨てても消えない」という前提がどこかにあるからできることだと思う

「ない」…ということがどういうことかは喪った者にしかわからない

息ができなく 蠢くばかり である

その者が次に立ち上がれた時に何をするか

喪わないようにする…ありとあらゆる知恵と努力を注ぎ込み…

命を賭けて

それが 想い というものではないだろうか

父にはそれが宿った

0の故郷 は 1から0の意味と0から1の意味 を教えてくれた

彼は国を護る事業に人生を賭けることにした

それは最早 “戦争“という手段ではなかった

しかしそれを上回る“武器を用いない過酷な闘い“となった

それでも 護る価値のあるものが あった

「ある」… ということが大事だった

父は今でいう中学2年で敗戦を迎えた

幼き頃より軍人となる道を志していたが敗戦

縁あって早稲田大学にて土木と建築の2科を修め

重工業分野に漕ぎ出す

国は破れども山河は残れり

いつでも 彼の故郷は 満州だった

幻の故郷は仲間同士との会話から空中に浮かび上がらせ、再生共有する

初音ミクならぬOptical walls か、「プラズマの発光を用いて“リアルな3次元映像“を空間描画」するかのような現代最先端研究に近いものがある

人には故郷が要る

帰巣する拠り所が要る

それは 母 の次に 故郷 ではないだろうか

父を見て 私はそう学んだ

満州以降 映画が好きであった父が唯一私に薦めた映画があった

『砂の器』

苦労多き人生だった松本清張ならではの抉られる作品だった

初めて観た時 映画館で嗚咽が止まらなかった

父の心の拭いきれないのたうちまわりに触れた気がした

だからこそ 今 自身がどう生きるべきか を考えられる

親とは 有難いものだ

確かに 風が吹いてくる 

未だに  父から

故郷をもつ者は驕ってはならない

それは当たり前にあるものではない

また優なる者は道を間違えてはいけない…と

記憶だけにしてはいけないものがあるのかもしれない

(YASU)

 
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