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近代日本の倫理学:再構築の一歩は複雑性に耐えうる思考から
活動の実績 | 2019.05.29
2013.10.2−4
日本倫理学会/愛媛大学(松山市)/2013.10.5−6
主題別討議「近代日本倫理学の総括ないし反省」発表原稿
 
近代日本倫理学の<眼差し>―複雑性に耐えうる思考を求めて
 
 
はじめに
すでに配布済みの予稿集はこれからの報告の前提になる。この報告では論点を明確にし、私自身の立場をはっきりさせたいと考える。いうまでもなく近代日本倫理学の中心は和辻倫理学である。これを論じるためには一定の距離を置いた比較が必要である。そこで、最初に比較のために導入した二つの観点について説明する。つぎに中盤では和辻倫理学の核心部を浮き上がらせ、これに批判的な考察を加える。そして最後に、そこで得られた含意を他のお二人の報告者の論点にからめてみる。
 
1. 起点としての明治哲学
 
比較のための観点の一つは明治哲学である。明治哲学思想を起点にしてそこから近代日本の思想を見渡すとき、アカデミズムに関しては、『哲学会雑誌』やその後身の『哲学雑誌』を通覧するかぎり、井上哲次郎の存在が群を抜いて際立っている。その井上から西田へのラインの延長上に和辻を位置づけてみることによって、和辻倫理学の独創性や、明治以来の共通の枠組のなかでの違いを捉えることができる。
 
明治哲学思想において井上の存在を無視することはできない。しかし、これまでは極めて低く評価され、そして忘却されてきた(最近ようやく宗教史/宗教学の方でわずかに見直されている)。この背景には大正世代からの反発や、とりわけ高坂正顕の解釈などが関与している。ともかく、福沢=大西=三木=丸思想史山のラインが近代日本思想史の主流であった。この報告ではあえてアカデミックな倫理学に注目する。そうすることによって、福沢以降のラインを無視するのではなく、むしろ、両者の対抗関係のなかで福沢以降のラインをいっそう明確に捉え直し、近代日本思想史全体を立体的に描き出したいからである。井上という格好の展望台から明治思想や近代日本を見渡すとき、共通の基盤とその上での差異が浮かび上がる。
 
話のこの時点で二つのことを強調しておきたい。第一点は、井上に代表される明治思想の影響は、昭和をへて平成の今日にいたるまで持続しているということである。例えば、明治から戦後にかけて修正されつつも持続してきた「家族」観とそれにもとづく制度に目を向ける。1980年代から多様な家族の形が進行するなかで、そういう現実と制度との矛盾は目立ってきた。しかし、婚外子の財産分与を定めた民法は憲法違反であるという判決が出されたのは、ようやく最近のことである。また、問題の民法には生殖補助医療はそもそも想定されていない。あるいは別の例として、学校教育の現場における協調性や集団行動をとりあげる。これまた明治に始まる規律路線の延長線上にある(刑務所ではそれが極端になっている)。戦後教育はたしかに個性の尊重と平等を強調したわけだが、実際には明治以来の協調性、みんな一緒主義になっている。「日本人」なるものは150年近く初等教育の場で日々再生産されている。
 
第二に強調したい点は、明治の思想家には共通していわゆる「武士道」の精神が見られることである。武士道といっても、もちろん山鹿素行以来の士道、つまり禅と神道と陽明学を一緒にした「士君子」という理想像である。これが明治の世代には漢学的素養として受け継がれている。加藤弘之、西村茂樹、中村正直、福沢諭吉ら「天保の老人」はもとより、中江兆民、井上哲次郎、新渡戸稲造、内村鑑三、大西祝、西田幾多郎、夏目漱石にいたるまで、共通の土壌となっている。彼らはその武士道精神を読み直してそこに新たな要素を付け加えた。例えば新渡戸の場合では「愛」であり、そのほか、開かれた相対的知性や、智徳、権利、無差別の真実在、自由平等、批判精神などである。武士道的な精神は漢学的素養が途絶えた大正期以降にも、和辻の町人根性批判や三木の「虚無/パトス/ロゴス」(主体的真実)のうちにも、形を変えて受け継がれている。戦後のプロテスタンティズムの倫理をバックにする市民像も同様であろう。問題は、それを今日どのように読み直し、いかなる要素を付け加えるのか。この点については末尾で立ち戻る。
 
2. 世界的な同時代性
 
比較のためのもう一つの観点は、近代世界のなかの同時代性である。つまり、西欧を含めた近代移行期の倫理学一般のうちに近代日本の倫理学を位置づけることである。個人主義・自由主義・功利主義などに対する広義の共同主義(共同一致、共同性)という対抗軸は、近代日本のアカデミックな倫理学を一貫して特徴づけるものである。しかし、これを広く見れば、階層身分社会から機能分化した近代社会への移行期に共通するフレームである。
 
個人主義/共同主義のフレームは、近代社会が個人主体の自由主義から組織された産業と帝国主義的競争へと進展するのに伴って変化する。先に個人主義の中身が変容し、それに対抗するかたちで共同主義も、ロマン主義、農本主義から社会主義、民族主義へと移行する。そのような動向は西欧の哲学思想に鋭敏に映し出され、それがさらに日本の思想家にも波及する。具体的には、明治初期はベンサムやミル、やがて10年代にはスペンサー。哲学が本格的に論じられる20年代以降はずっとカント、そしてショーペンハウエル。30年代後半からはジェームズやベルクソン、それにニーチェ。大正期の新カント派をへて、大正末期から昭和にかけてはハイデッガー、やがてヘーゲルが流行する。例えば、井上や大西はカント、西田はジェームズとベルクソン、和辻はニーチェからハイデッガーそしてヘーゲルに共振している。
 
じつは対抗軸はもう一つある。アジアの後発的近代化を歩んだ日本の場合、日本/西洋、日本/東洋の対抗軸がそこに重なる。西洋列強の侵略に対抗して日本国(日本国家)の独立を真っ先に考慮するのは、明治の思想家に共通する発想である。その上で、例えば耶蘇教(キリスト教)への態度が分かれる。信仰内容以前に政治的防衛の観点を優先させて否定するか、武士道の延長線上で積極的に信仰するか、あるいは、人類教へと薄まったユニテリアンとして受け入れるか、というように。ただし、東洋/日本そして西洋/日本という対応軸は、日本が近代国家の体制を整え、先行する帝国主義諸国に肩を並べるにいたる過程で、劣等感から劣等感を反転させた優越感にまで変容する(日清戦争、日露戦争)。
 
*ここでデュルケームと井上を比較しておくべきであった。
 
以上をふまえていえば、明治の初めから30年代までは「国家と文明」の時代、明治30年代後半から大正期前半までは「個人と文化」の時代、そして大正期末から昭和の前半は「民族と政治」の時代として特徴づけられる(*田辺元と京都学派については言及しない)。
 
3. 共同性の枠組と和辻倫理学
 
以上までがこの報告の予備的前提であり、ここから先が本題になる。予稿集では共同性の視点を展開させて、近代日本倫理学の基本構造なるものを描いている。これは井上を基に組み立てたものであり、少し複雑でもある。そこでそれをより単純化し、三水準からなる共同性の枠組に設定し直してみる。それがA国民=共同性、B社会=共同性、C基礎=共同性である。これからこの枠組に沿って話を進めていくが、そのさい、井上と福沢や大西との違いについては省略し、井上と和辻をつなぐ位置にいる西田についてだけごく簡単に言及し、話を和辻倫理学に集中させたい。
 
西田は井上と和辻をつなぐ位置にある。その位置はC基礎に注目することによって明瞭に浮かび上がる。井上では、無差別の真実在が心理的に活動すると衝動や意志になる。心は善にも悪にもなるが、不断の努力を通じて善が実現される。そのさい至誠=主客未分が強調される。西田も同じく主客未分を強調するが、超越的な真実在を立てず、内在主義の立場をとる。そして後期に至って、非連続の連続は身体的制作的作動の循環として捉え直され、作られたものから作るものへという論理になる。この作動循環を原点=原型にして同心円的に時空世界が広がり、B社会もA国家も制作された形になるが、ここには西田の本領はない。
 
さて、和辻倫理学の場合、共同性の三水準はこうなる。A民族=国民(人倫)、B人間存在、C風土的身体的感受性。ここでBの「人間存在」は間柄と実践的行為的連関の二側面からなる。一方の「間柄」は全体性・個人性の二重性をもつが、その根源はA「国民」の理念に求められる。他方の「実践的行為的連関」は、マルクスとハイデッガーを下敷きにしたものであり、「日常的表現の了解」を通路としてC風土的身体的感受性に帰着する。
 
以上の三水準を掘り下げて検討してみる。和辻自身の出発点はニーチェであり、ここが井上との決定的対立点になる。和辻は真情と真情の結びつきを求め、精神文化への関心と類い稀なセンスをもち、世界文化の延長線上に古代日本文化を発見する。そこから「国民」の視点にジャンプするのだが、この移行にさいして決定的な事件が二つあった。一つは関東大震災の体験を振り返った「地異印象記」、もう一つは虎ノ門事件(1923年12月)を聞いて上京しようとした父親の義憤を諌めた「一つの私事」である(いずれも『和辻全集第23巻』所収)。
 
前者は「我なる我々、我々なる我」という国民(人倫)の理念を彼に着想させる。後者はその理念を象徴する天皇(皇室)への尊崇の念を深化させる。ちなみに、前者の震災の体験は我々の最近の体験に通じるものがある。興味深いのは、そのとき和辻が「朝鮮人による放火」や「社会主義者やアナーキストによる破壊活動」という流言飛語を信じたことである。国民の理念の危うさ、それに伴う包摂と排除がそこに顔を出しているように読める。
 
和辻の「民族」、国家との連関では「国民」はヘーゲルのいう「人倫」である。この国民=民族の視点が、「人間存在」における「人間」の側面=間柄の解釈に映し込まれる。全体性と個人性の二重性において、個人は全体を映し出す個人である。それは、井上のような有機的団体の一成分としての個人ではなく、はるかに理念的で感情的に共同一致を志向する個人である。自覚の度合いがはるかに深い。一人ひとりの国民はその理念から離脱したときはもはや国民ではない。個人は国民であることしたがって人間であることを離れては存在しえない。彼のいう弁証法的運動は理念の分析的な展開にほかならない(以上は主として「国民道徳論草稿」より)。
 
他方、「人間存在」における「存在」の側面が主体的な「実践的行為的連関」である。これは和辻において直ちに「日常的表現と了解」として把握される。ここで下敷きになっているのはハイデッガーの「世界内存在」である。ハイデッガーと和辻に共通しているのは、VorhandenheitとZuhandenheit、つまりは理論的水準と実践的水準の区分であり、前者を後者の抽象とみなす視点である。同じくハイデッガーの区分を受け継いだ三木は、西田の後期哲学のラインに沿ってZuhandenheitを(前期のパトスとしてではなく)身体的制作的な作動循環の方向で解釈する。これに対して和辻は風土的身体的感受性の方向に向かう。このとき日常的表現の「意味的連関」は直ちに了解される。この「表現の海」には基本的に意味の多義性、意味の両義性は存在しない。三木が生涯をかけて批判しようとした日常性=東洋的現実主義は和辻では自明の前提なのである(以上は主に「国民性の考察」ノートより)。
 
4. 意味的連関としてのコミュニケーション
 
さて、ここから批判的考察に移る。個人主義/共同主義という対抗軸は、正確にいえば、個人の社会/共同態の個人という対立である。社会に結びつかない個人、個人のいない共同態ではない。それは個人や相互関係の捉え方の違いであり、両者の基盤にはコミュニケーションのつながり、あるいは理解と理解の接続の回路、つまりは意味的連関という広義の社会システムがある。この基盤なりコンテクストなりを、それぞれ特定の視点から区分し切り取っている。和辻倫理学の「人間存在」もそのような切り取り方の一つである。
 
私の考えでは、社会とはコミュニケーションのつながりである。行為という一定のまとまりを区分するのは特定の意味づけである。したがって最初にあるのは、行為や行為的連関ではなく、意味の接続であり、理解のつながりである。そして意味の接続を安定化するために、予期や期待を通じて一定の構造(拘束条件)が形成される。これが常識を含めた広義の倫理にほかならない。特定の機能システムは特定の意味の媒体と形式をもち、特定の構造=倫理を形成する。種々の機能システムの構造=倫理がつながるところに包括的な構造が生じる。これがつまり倫理システムである。(なお、慧眼の皆さんにはすでにお分かりだと思うが、私はルーマンの論理を厳密に突き詰めたいと考えている。しかし倫理システムという観点はルーマンにはない。その点で私の試みはパラドキシカルといえる。)
 
すでての出発点は視点にある。視点はかならずや特定の視点である。視点の視線(まなざし)は、区分(distinction)を指し示す(indication)。区分の指し示しである。そして指し示す区分が指し示された区分を指し示す関係、それが「意味」である。区分のこちら側だけを指し示し続けるとき、そこにシステム/環境が成立する。環境=外部は区分の向こう側である。意味の理解のつながり合いとしてのコミュニケーションにとって、個々人の意識は外部である。そのためコミュニケーションは、本質的に、受け手側の意味解釈=理解の両義性に左右され、偶発的な選択に委ねられる。理解の接続はいつでも変異、矛盾と対立を抱えている。
 
視点は同時にまたシステムの内部にある。比較の視点も内部である。他者や物事の意味をめぐって、自己による解釈と第三者による解釈(として観察されたもの)とが、自己の内部で比較される。このとき比較する視点は自己と他者の解釈のあいだを行ったり来たりする。その結果えられた主観的な意味解釈は、コミュニケーションのなかで多数の他者による意味解釈=理解の屈折を介して、共有され客観化される。それ以外に客観性はない。
 
以上から引き出される重要な点は、コミュニケーションのつながりにおいて形成され共有された客観的な「意味」の「一致」は、それぞれの意識において想定されはするが、けっして確証されない、ということである。「共同一致」や「完全な合意」という幻想は、意味と事物とを混同する所から生じる。個々の意識はコミュニケーションにおいて意味形成に参与しつつ、意味解釈をつねに屈曲させ、変異させる自由度をもつ。和辻倫理学における間柄の二重性は、そのような参与的変異の二重性を歪めて映し出している。例えば「国民」の意味は一人ひとり微妙に変異している。
 
以上をまとめる。共同主義のタイプの一つである和辻倫理学の「人間存在」は、コンテクストとしてのコミュニケーション=意味的連関に、他のどの倫理学よりも肉薄している。この点できわめて卓抜であるといえるが、そのことを成し遂げているわけではない。それを妨げているのは「民族=国民」の視点であり、土地と身体性(風土的感受性)を根拠におく視点である。
 
5. 批判の含意の展開
 
以上の考察の含意をいっそう明確にするために、他の二人の報告者の論点に絡めてみたい。最初に安彦さんの論点をとりあげる。安彦さんは、三木の「主体的真実」が後発型近代の思考であり、本質的に政治的に利用される弱点をもつと主張される。しかし、細かい話になるが、三木の哲学は後期に変容するし、政治的に利用されるのも後期である。これをどう考えるか。ただし、考えようによっては、つまり、その後期まで含めても、判断水準に対する行為的水準(日常的または実存的)の優位、思考に対する身体(制作・行為・感受)の優位というハイデッガー的な区分が貫かれているとみれば、後発型かつ政治利用という指摘も成り立つかもしれない。しかしそうなると、三木だけの問題ではなくなる。というより、デリダを除く現代のほとんどの哲学者が該当するだろう。とすれば、後発か否か、政治利用か否かではなく、ハイデッガー的な区分をいかに突破するかという方向に問題を設定し直すことが、哲学的に重要ではないか。
 
私見では、知覚・直観・身体・行為であれ、判断・思考・理論・思想であれ、どちらも、区分する指し示しであり、指し示す区分にほかならない。そこには本質的な対立はない。区分のこちら側がシステムになり、向こう側が環境になる。システム/環境は知の観点から現実性/可能性に対応するが、この原初的な区別を比較の視点から繰り込み直すと、現実性(現実性/可能性)/可能性になる。繰り込まれた可能性は既知に対する未知、繰り込まれないまま残される可能性は非知といえる。ハイデッガーも和辻もシステム(世界=世間=風土)の内部に閉じこもり、区分を固定し、外部を繰り込むことをしない。既知と未知しかなく、非知がない。要するに、国民=民族の視点から世界=現実を区画している(ハイデッガーはどこかでこう言っている、「川は本質的に民族的境界をもつ」と。)
 
次に、中野さんの論点に言及する。中野さんは、戦争責任を直視するために、国家に対して個人を対置する丸山や吉本に疑問を投げかけ、国民主義に対して多民族主義を対置する。私からすれば、そこには三重の課題が一緒にされている。第一の課題は政治と国家との切断である。国家対市民ないし個人という見方は、政治システムの一組織として国家を位置づける方向において活かされる。それは、近代国民国家以外の国家、すべての機能を包括し個々人をまるごと包摂/排除をしない国家、種々の政治組織と並び立つ国家、という方向である。しかし同時に、次の二つの課題を遂行しなければ、それも不十分に終わる。第二の課題は国民と民族との切断である。国民は政治システムに属するが、民族はかつて宗教システムに包摂され、現在では種々の機能システムに分散している。潜在的な国民としての民族、いつかは国民になる民族ではなく、政治から切り離された民族という捉え方が必要である。そして第三に、民族と土地との切断にまで進まなければ事柄は完遂しない。これはどういうことか。
 
和辻倫理学は「土地」の倫理学、より正確には、「くにたみ」すなわち「土地を基盤とする民衆」(全集23巻、p.377)のうえに構築された倫理学である。ただし、発生的な順序からいえば、国家=国民=民族=土地の倫理学である。しかし、区分された行為が最初からないように、区分された「土地」も最初からあるわけではない。民族は近代国家によって発見される(フィヒテやルナン)。近代国家が国民を作り、その国民が民族を発見し、伝統や神話を創作し、さらには人種まで分類する。とすれば、我々が「国土」からだけでなく「土地」そのものからも思考を自由に解き放たないかぎり、気候変動や自然災害はおろか、家族の多様性や、国民の戦争責任にも正面から切り込むことはできないのではなかろうか。
 
結び
現代の我々がシステム/環境における環境=外部(不確実性)を不断に繰り込みつつ、土地から民族、民族から国民、国家から政治を切断することができたとき、つまり、複雑性に耐えうる思考を持てたとき、現代日本の倫理学を構築する第一歩をふみ出すことができるだろう。国際会議では「日本」という特殊性はいまなお売りになる。これを強調すれば拍手をもらえる。しかしいまや、土地=国土=日本から思考を自由に解き放ち、普遍性でもって勝負するのでなければならない。富士山もひとたび噴火すればその形を変える。そのとき我々の基軸となるのは、今日的に読み直された武士道精神、すなわち、デジタル化・パーソナル化・グローバル化・不確実化をたえず繰り込むことのできるサムライ、そういう普遍的な個性であろう。
 
 
注記
 
井上では理論研究つまり規範の科学的研究が倫理学、日常的実行にかかわる道徳教育が国民道徳論(「独立自尊主義の道徳を論ず」1900年)。和辻では人間存在のロゴスが倫理学、その特殊な限定が国民道徳=倫理思想。
 
「勅語」の解説に関して、「戦時教学の根本方針」(1942年)を読むかぎり、井上の『勅語衍義』とのあいだに大差があるとは思えない。和辻は生涯、「忠君」を嫌うが、井上の強調点はむしろ「愛国共同」にある。
 
井上と福沢。(1)世代の違いがある。身分制を突き破るために西洋=文明を導入するか、導入されて混乱した中からいかにして倫理の大本を再建するか(「痩我慢の説」をめぐる対立)。哲学の第一世代と第二世代の対立。例えば、中江兆民の世代論(『一年有半』では1850年代後半が区切り)。それでも(2)漢学的素養という共通性がある。例えば、和辻の世代論(『偶像礼賛』では1872/3年前後)。それによって培われた死生観(宇宙=無差別と有限=蛆虫)、山鹿素行以来の武士道精神=士君子の態度(士道)。これは内村や新渡戸にも共通。その上で(3)エリートを崩すか拠り所にするかという違いがある。エリート主導の官権か民度=文明を重視する民権かの違い。加藤と福沢。とはいえ(4)日本国の独立という目標は共通している。一国独立。ただし、将来的には国境が消える可能性を福沢は持つ。相対的バランス思考。これはミルやスペンサー。中江兆民も同様。なお、戦争の捉え方が西村と福沢で異なる。以上をふまえると、井上と福沢の決定的な違いはB社会観にある。有機的団体/人類の交際交通。それに応じてC国家も、実権を持つ最上の有機体か、独立を守る自警機能かの違いを呈する。井上では道徳は社会一般の福祉の増進。したがって国家の役割にそこにある。
 
西村は、哲学第一世代、しかし、時代の倫理的混迷を直視する点では井上に同調。ただし、西洋哲学の研究は井上に譲り、西洋哲学(とくにコント)と漢学=儒教の総合を実践的に企てる。弘道館。智徳両方の修養。社会観は福沢と同じ。植民と戦争に反対。
 
大西は哲学の第三世代。世界観を志向する第二世代に対して本格的な文献学的研究を志す。しかも経験を重視。しかし方法論では欧州仕込みの井上と大西は当時(1892年段階)双璧。カント哲学、目的論、理想、良心という同じタームで思考。ただし、向かうところが国家か人類かの違い。そこから批判的良心と没入的至誠的良心の違い。カント的な道徳的目的論とスペンサー流の目的論。
 
新渡戸の修養主義。『武士道』から『修養論』へ。そこから和辻の教養主義へ。これが明治から大正への転機である。
 
私自身の視点。私はルーマンの思考に沿って厳密に考えたいと願っている。ただし、ルーマンの意味の捉え方は少し単純ではないかと思う。また、うまく咀嚼できない部分(構造的カップリング、相互浸透)がある。そして何よりも、ルーマンには倫理システムが存在しない。包括的社会における分化した機能システム同士の相互制約のみ。この点で私はルーマンから離れ、ルーマンを踏み越えていく。
 
三木の『歴史哲学』における「主体的真実」は、パスカル論やマルクス論以来のもの。すなわち、パスカル論の虚無/パトス/ロゴス、マルクス論の虚無/経験の一般的構造と基礎経験/アントロポロギーとイデオロギーを受けついで、歴史哲学では事実的存在/存在としての歴史/ロゴスとしての歴史。安彦はその後の三木の思想の変容を見ていない。未完に終わった『哲学的人間学』では、日常性批判の関心から人間と社会の関係を、作られる/作る関係で論理化しようとして挫折。人間のパトス/ロゴスに対応するパトス的結合の社会/公共的世界。後者の日常性を不断に刷新する前者という位置づけ。これはパトス/ロゴスの拡大版。パトス的結合とは何か。『構想力の論理』の序文では、制度=フィクションの観点から、創造的制度(自然)/創造される制度(文化)。自然も文化も制度として同じ土俵。創造的社会=自然が相変わらず不分明。『哲学入門』に至ってようやく明確になる。主体と環境の行為循環。作る/作られる連関。行為、形成、形。虚無を抱えた不定なものの掻き集めという混合の弁証法。しかし、開かれた/閉じたという二重性の論理化ができない。日常性=東洋的現実主義=西田哲学の克服という課題が残る。
 
昭和期のキーワード「民族と政治」に関して、田辺元と京都学派は「民族=政治=国家」を一体のものと捉える。国民の理念では和辻とのあいだに差はないが、田辺は国民よりも政治と国家を強調する。対立を超える絶対無が田辺の根本思考であるとすれば、それは宗教から国家に移ってふたたび宗教に戻る。
 
風土論に関しては地理の専門家から疑問の声が挙がっている。地理的区画=国土の視点、単純にパターン化された特徴づけ、しかも固定的な把握ではないか、と。
 
複雑性について。社会の外部の複雑性の縮減。現代社会は分化した機能システムの連関。内部の複雑性の増大。連関して複合化する問題、構造的複雑性の進行、どのシステムからも排除された人々の存在。外部の複雑性に対して脆弱化。
 
現代の包括的社会の傾向。デジタル化(あらゆる物事の一元化)、パーソナル化(結合の単位の個人化)、グローバル化(あらゆるボーダーとくに国境の越境化)、不確実化(外部の複雑性に対する脆弱化)。
 
 
 
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