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死者のリアリティ—三木清『人生論ノート』を読む 森下直貴
活動の実績 | 2022.05.31

死者のリアリティ と 老成学

三木清『人生論ノート』の「死について」を読む

森下 直貴

三木の思想を論じたのはこれまで二度ある。一度目は昭和思想史のなかに三木を位置づけ、「ものの思考」と「虚無の思考」が交錯する「型の思想」として捉えてみた。二度目は『哲学入門』を内在的に分析し、三木の構想力(制作)の論理と西田の場所的論理との差異を探った。今回は『人生論ノート』の「死について」の章を取り上げ、そこに表明された「死者の絶対的な生命」という見地が、人生100年時代を生きる私たちに何を問いかけているか考える。

⒈ 絶対的なもの

『人生論ノート』は断章の寄せ集めであるが、そこにも中心となる軸がある。それが「人間の条件について」の章で論じられた「虚無から形成された人生」である。各断章はその諸相を照らし出すことでゆるやかにつながる(三木①)。そのなかで冒頭の「死について」の章は三木の思想にとって重要な意義を有している。

重要な意義とは何か。三木の思想の枠組みは「虚無」「生・現実」「絶対的なもの」の三層からなる。表現上の相違はあっても枠組みは『パスカルに於ける人間の研究』以来一貫している。生・現実からみてその素材・要素は「虚無」とされ、この虚無から制作を通じて「生・現実」が形成される。こうして形成された生・現実は本質的にフィクショナルにして相対的である。そのためそこには「絶対的なもの」が欠けている。「絶対的なもの」を三木は若い頃から希求していた(三木⑱「語られざる哲学」)。それが「死について」のなかで「死者の絶対的な生命」とこれに基づく「絶対的な伝統主義」として初めて明確に捉えられたのである。

「死者の絶対的な生命」とこれに基づく「絶対的な伝統主義」は三木哲学を完成させる最後のピースである。それらの言葉で三木は具体的に何を思い浮かべていたのか。晩年の「親鸞論」はそれが親鸞とその「御同朋御同行」主義であったことを示唆している(三木⑱463〜464、488、491)。しかし、「絶対的なもの」のそのような捉え方は、たとえ特定の過去の人物とその思想伝統を括弧に入れたとしても、二つの方向で私たちの問いを誘発する。

一つは、「絶対的な伝統主義」を拠り所にして三木は西田哲学を越えることができたのか(三木⑲453)、またその越え方は戦後日本にとどまらず、とりわけ21世紀日本の哲学にとっていかなる意義を持つのかという問いである。もう一つは、「死者の絶対的な生命」という観念は人生100年時代を生きる私たちに何を問いかけるのか、そもそも死後の生命とか、死者が生きているとはどういうことかという問いである。

以下では死者と生者のコミュニケーションの視点から後者の問いに絞って考察する。

⒉ 死の観点と思想

最初に「死について」(原題は「死と伝統」)の内容を要約して示す(三木①)。

⑴ 近頃、死に対して恐怖心が薄らぎ、平和・落ち着きを感じるようになった。

⑵ 病気の回復に健康を感じる現代人は本来の健康も古典主義の精神も知らない。

⑶ 死の平和の心境は健康的で古典的であり、老熟した精神の徴表である。

⑷ 死の平和が感じられて初めて生のリアリズムに達するが、これは孔子に代表される東洋の智慧であり、死に対する無関心を特徴とする

⑸ しかし、死の観念がなければ生・現実に対立する思想は生じない。この典型はキリスト教の影響を受けた西洋思想であり、東洋には同じ意味での思想はない。

⑹ 親しい死者との再会を希望するのは愛への執着があるからだ。

⑺ 作者である死者の生命を信じてこそ作品の伝統を信じられる。

⑻ 過去の死は絶対的であり、死者の絶対的な生命が絶対的な伝統主義を支える。

⑼ 歴史主義や進化主義を含む近代主義は死の観念を持たないため相対的である。

いかにも飛躍と含蓄の多い展開であり、疑問を抑えることは難しい。そもそも思想はなぜ「生・現実に対立する思想」でなければならないのか。その場合でもなぜ近代主義ではなく伝統主義になるのか。伝統主義がなぜ古典主義やヒューマニズムに重なるのか。「死の観念」はどうして「死者の生命」、つまり人格を持つ死者の永生に限定されるのか。そして「死者の生命」と「伝統主義」が「絶対的」でなければならないのはなぜか。節を改めて検討しよう。

⒊ 死者の生命

三木にとって思想は「生・現実に対立する思想」でなければならない。なぜか。その理由として考えられるのはまずは若い頃からの宗教的関心であろう。彼が親しんだのは真宗(とくに『歎異抄』)であり、禅宗には見向きもしなかったとされる。次に、⑸に窺えるようにキリスト教を核心とする西洋思想が彼にとって思想のモデルになっているからだ。これは明治以来の哲学界の傾向である。そして何よりも、当時の社会の現実を批判することが思想家の使命だと自認していたためであろう。これは近代日本の知識人の典型的な志向である。

三木は「生・現実に対立する思想」を直ちに伝統または伝統主義に重ねている。しかし、「対立」を言うなら、例えばサルトルのような近代主義者の思想でも可能ではないか。なぜあくまで伝統にこだわるのか。三木によれば、歴史主義や進化主義を含む近代主義は生の「生長」、つまり発展・進歩の論理にすぎない。それは限界・限度を知らない相対主義であり、現代では不安定な虚無主義に帰結する。この近代主義を乗り越えるためには「人間の型(類型)」が必要であり、そこから「型」の源泉である古代・中世の叡智と近代主義とを弁証法的に統一する方向が出てくる。それは技術論でいえば道具と機械を止揚した「社会技術」の方向である

古代・中世の叡智を受け継ぐ思想が伝統主義である。伝統主義には規準となる古典(教え)があり、それをめぐって多様な解釈が試みられ積み重ねられる。その限り伝統主義とは古典主義である。そして西洋思想におけるその典型がヒューマニズム(人文主義)にほかならない。

古典の創作者やその継承者は死者である。死者ではあるが、古典の解釈をめぐるコミュニケーションでは生者の問いかけに死者が語りかけてくる。生者にとって死者はその意味で生きている。例えば、モンテーニュはルネッサンス後期の典型的な古典主義者(ヒューマニスト)であり、模範としたソクラテスは彼の精神の次元で生きていた。しかし、彼はルクレティウス流に循環する宇宙のなかの断片として自己の生命を捉え、死後の世界を信じなかった。ただし、死に対してはけっして無関心ではなく、晩年には死を優しく迎え入れた

伝統主義あるいは古典主義では死者の生命は精神の次元で死者が生き生きと語りかけてくることであった。しかし、三木にとって死者の生命は精神の次元だけにとどまらない。むしろそれ以前に情愛の次元がある。彼は親しい者の平和な死に顔に接するなかで、死に対する恐怖心が薄らぎ、死を慰め・平和と感じるようになった。そして親しい者に対する愛の執着こそが死後の再会を希望させると考える。この背景には(能に見られるような)慰霊のコミュニケーションがある。

ところが三木はその情愛の次元にも止まっていない。さらに「死者の絶対的な生命」を押し出し、死者の生命の絶対性にこだわっている。なぜか。それは三木が信仰の次元に生きているからだ。死は文字通りには永遠不変の真理を意味する。古典の教えを作り伝えた過去の人を信じ、その教えと生き様に自己の生命を賭けるとき、死者は時に優しく時に厳しく語りかけ支えてくれる。死者は生きているのだ。それは解釈をめぐる精神次元での交流でもなければ、肉親との情愛次元での交歓でもなく、生命を賭けた信仰次元での呼応のコミュニケーションである。

⒋ 死者のリアリティ

前節の検討から「死者の生命」の三つの次元が浮かび上がった。すなわち、

・愛着から死後の再会を希望する情愛の次元

・古典の解釈をめぐって交流する精神の次元

・過去の真理に己の生命を賭ける信仰の次元

である。三木が固執する「死者の絶対的な生命」はそのうち信仰の次元で死者が生きていることを意味する。

しかし、そもそも死者の「生命」とか、死者が「生きている」とはどういうことか。生物学的な生命の存続ではないとすれば、それは何であろうか。ここで、作品の意味の解釈をやりとりする精神の次元に注目したい。この次元では死者は生物学的に存続しているわけではなく、コミュニケーションのなかで生者に対して生き生きとして立ち現れている。この「生き生きとした立ち現れ」を「リアリティ」と呼んでみよう。

「リアリティ」という言葉には世界の「実相」「真如」「実在」といった意味もある。「無差別」とか「虚無から形成されたフィクショナルな現実」がその例になるが、「生き生きとした立ち現れ」としての「リアリティ」はそういう形而上学的な「真理」ではない。むしろ当事者にとっての真迫感や現実感であり、「真理」に対比するなら「真実」と言える。

「生き生きとした立ち現れ」は、作品(表現されたもの)の意味の解釈をやりとりするコミュニケーションのなかに出現する限り、たんなる心象ではない。そもそもコミュニケーションを離れた心象はない。心の内部の自問自答もコミュニケーションであり、このコミュニケーションは他者とのコミュニケーションを含み、またそれによって含まれる関係にある

以上を踏まえるなら、死者の生命とは、あるいは死者が生きているとは、死者と生者のコミュニケーションのなかで生者の問いかけに応えて死者が立ち現れてくる、そのリアリティのことだと捉えられるだろう。死者の「リアリティ」は精神の次元だけでなく、情愛の次元や信仰の次元の核心においても成り立つはずである。情愛と精神と信仰の違いを問わず、生者が死者とコミュニケーションを続ける限り、死者はそこに立ち現れ、人格として生き続ける。死者はフィクショナルではなくリアルなのだ。

死者と生者のコミュニケーションのなかに立ち現れる死者のリアリティは、人類最古の時代から現代まで連綿として続く呪術の世界から、アバターやサイボーグが活躍する21世紀のデジタルネット世界にいたるまで通底している。根源は親しい者同士の情愛であろう

⒌ 死者集団のリアリティ

以上ここまで「死について」の「死者の生命」を「死者のリアリティ」として捉え直してみた。この捉え方によって三木の視点が明確になると考えるが、さらになお、三木の視点から抜け落ちている事柄が二つある。

その一つが死者集団という捉え方である。

三木は死者と生者のコミュニケーションを個人同士のやりとりに限定している。しかし、個人間のコミュニケーションの背後には過去の人々の膨大なコミュニケーションがある。生者が死者と対話するなかで解釈を重ねていくように、生者集団は先行する死者集団から文化伝統を受け継ぎ、後続する集団に引き渡していく。文化伝統の継承を自覚的に受け止めることができれば、死者のリアリティと同じように死者集団のリアリティを感じることができることができるだろう。

もちろん、死生観のなかには「死者のリアリティ」を想定しないものもある。例えば、死後の消滅という死生観では個人の人格ではなく瞬間がリアリティをもつ。あるいは、悠久の流転と再生という死生観では宇宙の永遠がリアリティをもち、人格を持った死者はいない。既述のようにモンテーニュの死生観には死者の人格の場所はない。

ただし、ここで柳田民俗学の知見に依拠すれば、死者の人格の輪郭はやがて薄れていき、最終的に非人格となって自然の中に溶け込んでいく。このイメージを借りるなら、死者の人格のリアリティから宇宙やさらに瞬間といった非人格のリアリティが派生すると考えられ、それらの背後にも死者集団のリアリティを想定することができる。

こうして文化の解釈を軸にして時を隔てた集団が数珠のようにつながる光景が浮かんでくる。この集団同士のコミュニケーションを思想として把握するために、ここで新たな「世代」概念を導入してみたい

⒍ 年代集団としての世代概念

世代の概念には従来、一方に親子の系譜関係があり、他方に同出生年齢集団の同時代関係があった。前者は明確な範囲を持つが、時間的な持続性はあっても空間的な広がりが限られていた。それに対して後者は、そもそも範囲が漠然としているが、空間的な集合性はあっても持続性がなかった。

社会集団が空間的な広がりと同時に個々人の生死を超える持続性を持つためには、「ライフサイクル」概念を基礎にする必要がある。サイクルとは始終のある完結した変容プロセスのことだ。人は誰しも、誕生し、成長し、成熟し、老い、そして死ぬ。それと同じように、同出生年齢集団も誕生し、成長し、成熟し、老い、そして死ぬと考えられる。この集団ライフサイクルという観点から見れば、どの社会集団も若年・中年・老年といったライフサイクル上の段階=世代を次々に通過することになる。

例えば、私が属する1950年代前半の出生年齢集団は、若年世代から中年世代をへて、今では老年世代になっている。あるいは、三木が属した1900年前後の出生年齢集団は、若年世代、中年世代、老年世代をへて、すでに死者集団の系列に連なっている。

年代集団としての世代は、時間的・時代的には先行する世代と後続する世代の中間に位置し、先行世代から受け継いだ文化を後続世代に引き渡す役目を負う。その世代はまた場所的・空間的にも個人と社会全体をつなぐ媒介の位置にある。個人が世代の一員として二重の中間・媒介の位置を自覚的に引き受けるとき、世代としての責任という思想が生じる。

⒎ 老人のリアリティ

「死について」を書いた三木の視点から抜け落ちている二点目に移ろう。

三木清は48歳で死んだ。ちなみに、パスカルが死んだのは39歳、モンテーニュは59歳、西田幾多郎は75歳、鈴木大拙は95歳、そして空海は60歳である。『人生論ノート』の三木にとって寿命は50年であった。この寿命観は「虚無から形成された人生」と並んで『人生論ノート』を貫いているもう一つの軸である。

…四十歳をもって初老とすることは東洋の智慧を示している。それは単に身体の老衰を意味するのではなく、むしろ精神の老熟を意味している。この年齢に達した者にとっては死は慰めとしてさえ感じられることが可能になる。死の恐怖はつねに病的に、誇張して語られている、今も私の心を捉えて離さないパスカルにおいてさえも。真実は死の平和であり、この感覚は老熟した精神の健康の徴表である。…(三木①197)

寿命の長さは人の生き方に決定的な影響を与える。どんな働き方をし、誰と暮らし、どこに住み、いつ引退し、いかに死ぬかは、一定の寿命を前提にして思い描かれる。個人の生き方だけではない。社会のしくみや文化のパターンもまた、集団の人々がもつ寿命の観念に基づいて形成される。とりわけ寿命の影響を強く受けるのが、生命力の盛りが過ぎて衰える段階、すなわち「老い」である。

寿命50年を前提にした『人生論ノート』には、死後はあっても老後がなく、死者はいても老人がいない。二十一世紀の人生100年時代の現在、老後は三十年を超え、老人はすでに社会のマジョリティの一員となっている。いま求められているのは、たんなる死者のリアリティではなく、新たな老人のリアリティである。そして問われているのは老人が世代としていかなる責任をはたすかである。

21世紀の『人生論ノート』は「老いについて」から始まらなくてはならない。

⑴ 津田雅夫編『〈昭和思想〉新論』文理閣、2009年。

⑵ 田中久文、藤田正勝、室井美千博編『再考 三木清』昭和堂、2019年。

⑶ 三木からの引用箇所については岩波版『三木清全集』の巻数○・頁数を付した。

⑷ 三木は孔子を死に無関心な「生のリアリスト」とみなしているが、この解釈は儒教を倫理として捉える明治以来の傾向であり、戦後も宇野精一や吉川幸次郎に受け継がれた。この解釈に異論を唱えたのが白川静である。白川によれば孔子の出自は葬送集団にあり、儒教は祖先の魂を子孫が受け継ぐ祖先崇拝を基本とする。以上については山下龍二「論語における<鬼神>について-儒教の宗教的性格」(名古屋大学二十周年記念論集、43〜68)。

⑸ 保苅瑞穂『モンテーニュ私記』筑摩書房、2003年、同『モンテーニュの書斎』講談社、2017年。

⑹ 森下直貴『システム倫理学的思考』幻冬舎メディアコンサルティング、2020年

⑺ これに関連して二点を紹介する。一つは知り合いの老健施設長(本郷輝明医師)の話である。彼が90歳代の入所者に希望を尋ねたところ、一番目に多いのは「死んだら家族に再会すること」であり、二番目は「自宅に戻って死ぬこと」であったという。三木と同じだ。もう一つはコメディアン萩本欽一さんのインタヴューである(婦人公論.JP 5月19日配信)。彼によれば70代までは40代、50代の延長だが、80代になるとそれまでとは違う。何かを手放して挑戦する対象を絞り込む必要がある。そこで彼はユーチューブチャンネル「欽ちゃん80歳の挑戦」を作った。そのなかに「欽ちゃん最後の夢物語」がある。自分が死んだ先の人生を楽しく天国から見るために、誰もが一緒に入れるお墓を作っているという。このインタビューには80歳代からの挑戦、死後の世界、デジタルネットという三つの要素が含まれていて興味深い。

⑻ 柳田國男「先祖の話」『近代日本思想大系14 柳田國男集』筑摩書房、1975年。

⑼「世代」概念に関連する論考(とりわけ「寿命100年時代の年齢と性別」)は老成学研究所ホームページに掲載されている。

 
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